第21話:異世界の穴攻略、そして課題の結果は?
「できた……」
僕はできあがったクラフトを前に少しだけ感動していた。
予想以上のできにわくわくしている。早く試してみたい。これは面白くなるぞ。
横では、いっしょにこのクラフトをつくってくれた根方先輩が、ため息をついていた。
「お前は、よくこんなことを考えつくな。凝ったものをつくるわけでも、精密なものを作るわけでもないが、楽しさがあって、何より発想が面白い。なるほど、これがお前か」
「はい、今のところの僕の全力です。さあ、行きましょう! せっかくつくったのに、使うところが無くなったら悲しいですからね」
「当たり前だ! この俺が手伝った作品が無駄になってたまるか! いくぞ新人!」
「はい!」
僕と根方先輩は、クラフトを簡単に梱包し現場へと急ぐ。
辿り着いた場所は庭園。僕が空間の穴を開けてしまった場所。
空間の穴はさっき見たときよりも、さらに大きくなっているようだった。『空間遮蔽ネット』のおかげか広がりは遅くなっているようだけど、それでも拡大が止まっていない。
中から出てこようとしているものの正体も、かなり見えるようになっている。
それを見て僕は心臓が止まるほど驚いた。
――あれはドラゴン?
鋭いキバ、トカゲのような顔、頑丈そうなうろこに奥の方に見える翼、そしてネットを引き裂こうとする爪。どれも漫画やアニメで見たことのあるドラゴンそのものだった。
あんなものが出てきたら、パニックどころじゃすまない。
庭園には、ハヤテ先輩と七樹先輩がいて、すごいスピードでクラフトを仕上げていた。
リールに巻き付いた糸のロールが5個。この糸がおそらく『空間連結ライン』なのだろう。その糸の先には、らせん状の溝の刻まれた大きくとがった杭のようなものがつながっている。こっちが『スカイアンカー』というやつだろう。アンカーの方は10個で、糸の両側にそれぞれアンカーが接続されているように見える。
『スカイアンカー』は火薬ロケットで打ち出す方式のようだ。変に
要はアンカーをロケットで打ち出して穴の周りに固定し、糸を引っ張ることで空間を縫い付けて閉じてしまおうと言うことらしい。この糸はそれだけ強力と言うことか。
アンカーには照準器がつけられている、打ち込む場所に精確さが必要なためか。細かい調整ができる機構となっているようだ。
これを事件が起きてからのこの短時間でつくったのか……。あらためてこの二人のすごさを思い知る。
「きたか、工桜くん。っておや? なんで根方も?」
「……新人に、この前負けたときの条件を突きつけられてな。今日は手伝いだ」
ぶすっとした顔で根方先輩が答える。
「なるほど、うまく根方を使ったね工桜くん。素晴らしい」
「素晴らしくない! 次は覚えとけよ!」
「で、工桜くん。クラフトは?」
ハヤテ先輩は相変わらず、さらりと根方先輩をスルーして僕の方に話しかけてきた。
「できました。おそらくいけると思います。あそこまでのやつがでてくるとは思ってませんでしたけど、向こう側に押し返すくらいなら行ける思います」
「そうか、それは頼もしいね」
「それにちょっと楽しいものも、お見せできると思います」
僕はこの場の状況にそぐわない笑顔で言った。
ハヤテ先輩も七樹先輩も、僕の言葉に笑顔を見せた。
「なるほど。いいね最高だ。工桜くん、ひとつ壁を越えたのかな。工桜創也のクラフト楽しみにさせてもらうよ」
「はい!」
「セットします。根方先輩、すみませんがもう少し手伝ってください」
「ここまで来て、手伝わない理由もないだろ、最後までやらんでどうする」
「ありがとうございます。この借りはいつか返しますね」
「負けの支払いに借りも何もあるか。次の対決でぼこぼこにしてくれるわ」
そんな憎まれ口を叩きながらも、てきぱきと手伝ってくれる辺り、きっと根はいい人なんだろうなと思った。
僕は持ってきたクラフトのパーツを展開する。
鉄のパイプを組み立ててつくった支柱を展開する。支柱は安定が重要なので、庭園の管理者さんに心の中で謝りつつも思いっきり地中に埋め込む。
支柱の真ん中に塩ビの太いパイプをセットする。これが発射口だ。パイプは空間の穴の方向めがけて微妙な調整を施す。
パイプの下側にはある
「おい工桜。もう、弾をセットしてもいいか?」
「はい、お願いします。向きを間違えないようにお願いします」
根方先輩が持っているのは、一抱えもありそうな大きな細長いカプセル。薬が入ってそうなカプセルを巨大にしたイメージ。
カプセルのお尻には『蓄光水晶』をセットしている。これと『星の子』が今回の動力のベースとなっている。
カプセル内部の先端には、大量の液体が入った細長いびんがつけられている。無線電波式で発動する仕掛けだ。さて、うまくいってくれるといいけど。
「了解だ」
根方先輩がカプセルをパイプの先端にセットする。
筒に付けた照準をのぞき込んで、弾が撃ち出される方向を慎重に確認、微調整する。
「よし、準備完了です」
大きな筒、発射動力、そして弾。要はこれは……
「ロケットかい?」
いつの間にかこっちに来ていたハヤテ先輩が尋ねる。
どうやら向こうも準備が完了したようだ。
「はい、
「わははっ、面白い名前だね。さて、このロケットであの異世界生物を押し返そうってことかな? 相手はかなり強そうだけど、そんなことで本当に押し戻せるのかな?」
ハヤテ先輩は目に意地悪な笑みを浮かべて聞く。
「威力はありそうだけど、一瞬あてただけじゃすぐに戻ってきてしまうわ。少なくとも私たちの空間を閉じる仕掛けには10秒は稼いでもらわないと」
七樹先輩はやや心配顔。たしかにあのドラゴンに似た異世界生物は大きく強く、こんな程度のものは効きそうには見えないだろう。
それでもあえて僕は笑顔で応える。
「大丈夫です。まかせてください。だけど……」
「「だけど?」」
二人の先輩が同時に聞き返す。
「失敗したら、次のクラフトをまた考えますよ」
僕は少しだけいたずらな口調でそう言った。
僕は『
「おそらく、このクラフトであいつは少しは押し戻せると思います。そうしたら」
ハヤテ先輩が大きくうなずく。
「ああ、あとはまかせてくれ。空間を閉じるのはオレらのクラフトで片をつけるさ」
方向を最終確認。空間の穴を見上げる。
ドラゴンは大きく暴れていて、穴を一時的にふさいでいる網を今にも破りそうだ。
なんとかなるだろうか? と言う思いを否定する。
いや、なんとかするんだ。なんとかなるさ。
あえてにっこりと笑う。そうだ、僕が忘れていたのはこれだ。
「いきます。カウントダウン開始。3、2、1……、ファイア!」
僕はクラフトの足下に付いているスイッチを入れる。
二つのことが同時に発動する。
一つ、弾丸のカプセルに付いている『蓄光水晶』がハンマーで強打される。二つ、パイプの末端に付けられた鏡の箱が開封される。
その結果何が起こるか。
弾丸の末尾が強烈に光り、それめがけて『星の子』が超スピードで突撃する。
その勢いでカプセルはすさまじい速度で撃ち出されることになるわけだ。そのスピードたるやまさにロケット。
「よし!」
まず射出はバッチリ、方向も問題なしだ。根方先輩も横でガッツポーズをしている。
あっという間にカプセルは、高くにある空間の穴に届く。ここが大事なポイントだ。
僕は直撃する直前に手元の遠隔装置のボタンを押す。無線で飛ばされた指令はカプセルに届き、カプセルを分割する。その中に入っていた、折りたたまれた何かが展開される。
中から出てきたのは大きな紙飛行機。
さらに遠隔指令により、カプセルが割れるときに取り付けられた小瓶が割れ、紙飛行機にばしゃりとかかる。その瞬間、紙飛行機の速度が急速に落ちた。
「おや?」
ハヤテ先輩が不思議そうな声を出す。
「失敗したの!?」
七樹先輩もあせっている。
しかし僕はこれが成功だと言うことを知っている。
かかった液体は『スローインク』。
入部試験のあの日僕が使った
十分に加速された紙飛行機は『スローインク』によって加速エネルギーを全て吸い取られて急激に遅くなる。さて、勢いをぶち当てるべき弾丸をわざわざ遅くした理由は何か?
鈍足の紙飛行機が、先輩たちの張ったネットを越えた。
そして、ドラゴンがカプセルに気づき、もちろん攻撃を仕掛ける。
だが、びくともしない。というか進んでいた進路からブレもしない。
『スローインク』で十分に加速エネルギーが蓄積された紙飛行機には、どれだけ力を加えても吸い取られるばかりで、進路を変えることはできない。
そして、紙飛行機はドラゴンにあたる。こつんというくらいの軽い衝突のはずだが、ドラゴンはこれを押し返せない。それどころかどんどんとおされ、空間の穴の切断面から引き離されていく。
ドラゴンは悲鳴のような焦りのような大声をあげているが、状況は全く変わらない。
奇妙な光景だ。巨大なドラゴンが、たかだか紙飛行機におされているのだから。
もがいてももがいても、ドラゴンはどんどん遠くなる。
抜け出そうとあがいたとき。紙飛行機がすさまじい強さで虹色に発光した。
『スローインク』に蓄積されたエネルギーが発光に変更された瞬間だった。
それはまるで、真昼の天空に打ち上がった花火のようだった。
「おー時間外れの花火だ」「綺麗ね……」「ふん、悪くないできだな」
みんながそれぞれの、でも心からの感想をつぶやいてくれる。楽しんでくれているようだった、それが今の僕にはとてもうれしかった。
だが、浸っているわけにもいかない。
「先輩、今です!」
僕はハヤテ先輩に声をかけるが、先輩の方でもこのタイミングを見越していたのか、準備万端整っていたようだった。
「オッケー、工桜くん完璧な仕事だ、後は任せろ! アンカー射出!」
そのかけ声と同時に七樹先輩がタブレットを操作する。
爆音とともに『スカイアンカー』と連結された『空間連結ライン』が射出される。
どういう計算でそこまでの精度が出せるのか、空間の穴の周りに等間隔でアンカーが刺さっていく。まるで穴を縫い付けるように順番に。
「第二工程開始!」
ラインがアンカーに付けられた巻き取り機で強力に巻き上げられ、あんなに広がっていた穴はあっという間に閉じてしまった。
元々そんなものは無かったとでも言うように。
「空間固定までは、現状を維持。七樹くんどれくらいかかる?」
「ざっと14時間かと。明日生徒が登校するまでには空間復元が完了すると思われます」
「よおし! ミッションコンプリート! いえーい」
ハヤテ先輩が、七樹先輩とハイタッチをする。意外にのりがいいんだな、七樹先輩。
そしてハヤテ先輩は根方先輩ともハイタッチをしようとするが、こっちはかわされた。
「ノリが悪いなあ、根方」
「お前なんぞとなれ合えるか、次は敵だ」
ハヤテ先輩は僕の方に歩み寄る。
僕にもハイタッチなのかと思って身構えたが、違うようだ。
「おつかれさま。いいクラフトだったよ。あれば、入部試験の時の発想の展開だね」
「……はい。今回の課題に対応する際に、なぜかあれをもう一度やってみたいと思ったんです。もちろん、あのやり方で問題解決できるからと思ったのが第一、そして……」
ここまでのいろいろな出来事を、クラフト部に関わってからのほんの短い間なのに、とても内容の濃いこの時間を思い出す。
「あのクラフトが、なんとなく今の僕の原点になりそうだと思ったからです。あれをもっと面白くしてこそ、課題への答えになると思ったから。だから、このクラフト『さよならの花火』が僕の最後の課題への回答で、今の僕の最高のクラフトです」
ハヤテ先輩は、いつものようないたずらな顔ではなく、どことなくやさしい目で僕を見たように思った。
「さて、工桜くん。最後の質問だ。君の思う最高のクラフトとは?」
その質問に心の中で、自分の思いをもう一度確認した。でも、やっぱり最後はここに落ち着くのだろうと思った。
「いろんなクラフトがあるんだと思います。素材も、ジャンルも、方向性も、取り組み方も。でも僕が思う最高のクラフトは、やっぱり……」
ハヤテ先輩の目をまっすぐ見て答える。
「自分が楽しんでつくったものを、人にも楽しんでもらえるそんなクラフトです」
「なるほどね。それが工桜創也のクラフトか」
「はい、僕のクラフトです。先輩は僕のクラフト楽しんでもらえましたか?」
「ああ、とっても。こんな事件の中でも、楽しさを忘れないクラフト素晴らしかったよ。やり方はいろいろあったろうに、最後の花火必要だった?」
「いいえ、まったく。楽しそうだったので」
「だよなあ、あははは」
ハヤテ先輩が爆笑している。
そして、七樹先輩の方を見た。七樹先輩がこくんと頷く。
そして、急に真面目な顔に戻った。
僕に緊張感が走る。
「工桜創也、君は全ての課題をクリアした。よってここに部長の名をもって、工桜創也のクラフト部への正式入部を許可する!」
「あ……」
頭が真っ白になった。言葉が出ない。
ここまでずっと追い求めてきたもの。あこがれて、近づきたくて、そしてともにつくりたくて、認めてもらいそしていつか越えるものをつくりたい、そう思った場所。
僕はようやくその場に到達したのだ。
「やったああああああああああああああああああああ!!」
学園中に響き渡るような、大きな声を出してしまった。
知ったことか、こんなにうれしい日に、喜んで何が悪い!
これがスタートなのもわかっている。ここから先に苦労もあると知っている。
だけど、最高に楽しいこともここからはじまることを僕は何よりも感じている。
「あらためて言おう。工桜創也くん。幻想学園クラフト部へようこそ!」
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