第10話:クラフト部の日常

 第一の課題をクリアした僕は、その日家で死んだように眠りこんだ。おかげか疲労は残ったが奇妙な充実感があって、体は軽かった。

 第一の課題をクリアしたことで、僕は次の課題に備えて一部の贈り物マテリアルを使ったクラフトを許可されていた。

 たとえ課題の一環であったとしても、とても幸せな気分の中に僕はいた。

 ようやく。ようやくである。

 この部に入って、はじめて普通に思うままにクラフトできているのだ。これが楽しくないはずがない。

 どの材料を使って何をつくってやろう、あれのためにはこの材料が必要だ。

 いやいや、前につくったあれも贈り物マテリアルを使えば、もっとすごいものになるんじゃ無いのかな?なんて、想像力が止まらない。

 たとえば、こんなものを造ってみた。

 燃やすと炎じゃ無くて雪が降るキャンドル。

 雪を降らす小型の雲の贈り物マテリアル『雪雲』をろうそくに閉じ込めて、燃えて溶けるたびリアルな雪が降る、なんとも風情のあるキャンドルができた。

 踊り出す人形なんてのもつくってみた。音にあわせていろんな形に変形する『ミュージカルスライム』を使っている。再生する曲にあわせて踊らせることも出来るし、楽器の演奏に合わせてパフォーマンスしたりもする。正直見てるだけで無限に時間を使える。

 ああ、楽しい。

 ただ残念ながら今は仮入部、この楽しい時間をずっと続けるためにも、次の課題をクリアしないと。

 

「あちらのお客様からです」

 休憩に入ったのか、ハヤテ先輩が缶コーヒーを片手に僕に声をかける。余分に持っていたらしいコーヒーをバーのカウンターでやるようにこちらで滑らせてきた。

「あちらもなにも先輩本人じゃないですか」

 もらった缶コーヒーを一口飲む。無糖じゃないコーヒーの甘みが脳の疲れに心地よい。

「どうだい、工桜くん。贈り物マテリアルの扱いは慣れてきた?」

「少しずつですけどね。属性も発動条件もバラバラで覚えるのが大変ですが」

「そうか、それはよかった」

「部長。それはさておきそろそろ次の課題を出す時期ですよ。考えはありますか?」

 七樹先輩も作業の手を止めて声をかけてきた。クラフトをしているときは微動だにしないのだが。それこそ人形のように。

「いろいろ考えてはいるんだけどね、今は、少し待っているところかな」

「待ってるって何をですか?」

「前の課題で贈り物マテリアルに対応できる覚悟と、現象に対応する瞬発力は見られた。次に見たいのは技術力だ。それにちょうどいい事件が今のところ無くてね」

「事件なんて面倒ごと、ない方がいいような気がしますけど……」

 うんざりした気持ちでつぶやく。

「面倒なこと待ってるんだけどねえ」

 と事件を待ちわびているようなことを先輩が言う。

 だめだ、考え方が違いすぎる。


 ハヤテ先輩がうーんとうなりながら、椅子の背もたれにもたれかかっている。

 悩んでいるようだけど、何に悩んでいるかは、正直あまり考えたくなかった。

 なんとなく全員が黙り込んでいる中、何かドタドタと遠くの方から音が聞こえてきた。

 廊下の方から聞こえているようだ。

 その音は徐々に近づいてくる。どうやらだれかの足音のようだった。

 足音は急速に、この部室に近づいている。

 そしてがらっと大きな音を立てて、クラフト部のドアが開いた。

 びっくりして振り返ると、大きく開いたドアのところに誰かが立っている。

 長身の少しボサボサ髪の男子だ。

 なんとなく堅苦しい感じを与える角ばった眼鏡、不思議と濃い彫りの深い顔。眼光はやたらに鋭い。

 なぜだろう若干の暑苦しさを感じる。

「来たぞクラフト部! 今日こそおまえらに勝ってみせるる!」

 その客人は入るなり大声でそんなことを言った。

 ああ、何事か始まった……。

 なんだか物騒なことになりそうな予感に、僕は頭を抱えるのだった。

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