第9話:氷の石を攻略せよ!

 目の前には氷の世界。

 徐々に下がっていく気温に、広がる氷の領域。近づけば高速のつぶてが飛んでくる。

 これは一言で言って……。

「大事件ですよね!?」

「このまま氷結領域が広がっていけば、植物園が全滅する可能性があるわね」

「被害が大きすぎます!」

 課題の最初で事件性が高すぎると思う。

「なんとかしないとまずいんじゃないですか、これ!?」

 攻撃範囲からとりあえず逃げて、ハヤテ先輩に詰め寄る。先輩は僕の焦りなど気にもしないような、ひょうひょうとした態度で、

「どうするも何も、これは工桜くんの課題だからね。オレが手を出すわけにもいかないし。君がなんとかしなきゃ」

 そういって、僕の肩にポンと手を置いた。

「手伝ってくれないんですか」

「よくあることだし、この程度解決できないとやっていけないよ。ねえ七樹くん」

「まあ、そうですね」

 こんなことがよくあるのか! すごいな幻想学園!


 とりあえず、先輩方は手伝ってくれそうにないので、自力でなんとかするしかない。

 こんな異常現象をクラフトでなんとかしろって言われても!と叫びたくなるが、泣き言を言っていても始まらない。なによりここで諦めたら正式入部は無しだ。

 問題を整理しよう。

 相手は氷の性質を持った石。

 それ自体が動くわけではないけど、近づくと攻撃が飛んでくる。おまけに領域の中は異常に寒く、今の格好では近づくのは正直きつい。

 これだけの冷気を放つ石だ。直接触るととんでもない怪我をしそうだ。

 僕は運動神経がいい方じゃない。攻撃をよけるなんてことはできそうにない。

 ということは、近づかないか、攻撃を無効化する方法を考えた上で冷気対策をして、対象を確保する必要があるわけだ。

 考えろ、考えろ。

 事前に確認した贈り物マテリアルを頭に浮かべて整理する。

 出来ることは何か。対応する切り口は何か。弱点や隙は無いか。

 強力な冷気、自動的に飛んでくる氷のつぶて。

 防ぐか、冷気を止めてしまうか。

 ……そういえば、手持ちの贈り物マテリアルにその両方が可能なものがあった。

 必要なのは、あれと、あれ、そして動力か。

 行程とできあがりを頭の中でシミュレートする。

 いける。自分の中でアイデアが確信になった。解決すべき問題はわかった。

「先輩、リュック貸してください」

「お、なにか思いついたかな?」

「はい、いけると思います」

「よろしい、お手並み拝見といこうか」

 先輩たちからリュックを受け取り中身を取り出す。リュックには、種類ごとのツールボックスが入っている。

 まずは中身を広げて、必要なものを確認する。

 よし、必要なものは揃った。

 あとは僕、工桜創也のクラフトだ。


 持ち物の中からハンディファンを取り出す。最近は暑いからと持ち歩いていた私物だ。

 分解して電気配線をいじってつなぐ先を電池から、贈り物マテリアル性の高性能バッテリに変更する。あんまりやらない方がいい改造だが、この際仕方ない。これで、回転速度が数倍になるはずだ。

 あとは金属板と金属棒を工具で加工して、ハンディファンの風が出る方向に網で出来た小型の箱を固定。パイプを加工してつくった、二股の通風管を作成する。

 これでクラフトの土台は完成。ここまではたいしたことは無い。重要なのはこの後。

 贈り物マテリアルのボックスから、耐熱性のケースに入った羽を取り出す。

 『炎熱鳥の羽根』。異世界にいると噂される炎の鳥の羽根だ。

 ただの鳥の羽にしか見えないけど、風にあおられることで炎のような高熱を発する羽根だ。羽根だけになってもその性質は生きている不思議な素材。

 きっと生きていたとしたら、羽根に風を受けて炎を吹き上げながら、優雅に空を舞っていたのだろう。

 そして、もう一つの必要素材を取り出す。

 ガラスの小瓶に入った虹色に揺らめく不思議な液体。

 これは『トラップバブル』という、要は大きなシャボン玉をつくる液。だけど違うのは、シャボン玉にぶつかった物体を中に閉じ込めてしまうこと。

 言葉通りトラップ(罠)なのである。中に入った物体は、外から割らない限り取り出せない。謎の強度を持つ素材だ。

 使うのはこの二つの贈り物マテリアル

 『炎熱鳥の羽根』を網の箱の中にセットする。

 これで、ハンディファンの風から高熱が吹き出し、冷気を中和してくれるはず。熱量が読めないのが怖いところだけど試している時間が無い。

 そしてパイプの下に垂れている側の先に『トラップバブル』の小瓶をセットする。上に伸びたパイプは筒の後ろからハンディファンの風を受けるようになっている。

 風が液体を吸い上げ、あとは勝手にシャボン玉を作り続けてくれるってわけ。

 子供の頃に遊んだシャボン玉のおもちゃが、そんなつくりになっていて感動したのを思い出したのが元。

 よし、これで完成。

 先輩たちは興味深げに眺めていたが、一切口は出してこなかった。

「クラフトできました。いきます」

「面白そうなものをつくったね。この短時間で見事なもんだ。さて、問題の贈り物マテリアル採集はできそうかい?」

「試運転もしてませんから、確実じゃないですけど、アイデア上は」

「頼もしいね。それじゃ、工桜くんのクラフトみせてもらうとするか」


 僕は氷結領域のギリギリまで近づく。

 今回のクラフトは、一応二つのルートを想定している。

 熱で領域自体を無効化するプランAか、それともシャボン玉をあてて『フリーズストーン』そのものを直接捕まえるプランBか。

 ただ、今回のクラフトの泣き所は、シャボン玉では捕獲が若干運便りになることか。

 少しでもあたりやすいようにと、吹き出す風の角度を調整する。

 心臓の鼓動が早くなる。うまくいくだろうか。

 一度深呼吸し、クラフトのスイッチを入れる。

 ハンディファンがいつもとは段違いの高速回転を始める。風の勢いが尋常じゃない。

 風を受けた『炎熱鳥の羽根』が赤く輝いた。

 それと同時に僕の顔を焼きそうな熱を発する。風の速度が早いほど熱が高くなるようで、すごい熱波が氷の領域に向けて飛んでいく。

 同時にシャボン玉がたくさんつくられ、風にあおられて飛んでいった。

 虹色の球体が幻想的に森の中を舞う。素敵な光景だ。うまく石本体にあたってくれるといいのだが。

 『炎熱鳥の羽根』の熱が、氷の領域を少しずつ溶かし始めた。木に張り付いた氷もあっという間に溶けていくのが見える。

 よしこれならプランAでいけるか。

 氷さえ溶けきってしまえば、つぶても飛んでこない可能性がある。そうすれば直接捕まえに行くだけだ。

 そう思ったとき『フリーズストーン』から氷のつぶてが飛んできた。予想もしていなかったのでかなり焦る。近づいてもいないのに、なぜ反応したんだろう?

「たぶん、シャボン玉が外敵判定されたか、高熱を危険と判断したかどっちかだろうね」

 ハヤテ先輩が離れたところからのんびりと言った。高みの見物をきめこんでいる。

 確かにその可能性を、完全に失念していた。

 この勢いで飛んでくると、つぶてがクラフトにあたってしまう可能性がある。

 だけど今度はいい方の、予想外が起こる。

 つぶてが『トラップバブル』のシャボン玉に捕獲されていた。思ったよりシャボン玉が数できたのがよかったみたいだ。

 あの勢いで飛んでくるつぶてを、完全に閉じ込めている。なんて便利な贈り物マテリアルだ。

 想定とはかなり違ってしまったけど、かなり冷気は収まっていた。行くなら、シャボン玉がつぶてを防いでいる今か。

 ハンディファンにはかなり無理をさせているから、いつ壊れてもおかしくない。

 僕は『トラップバブル』のこびんとストローを持って、氷の石に向かって走る。なるべくシャボン玉が多いところを、ぶつからないように走ろう。

 一気に中央に詰め寄る。贈り物マテリアルは青白く半透明の綺麗なまさに氷の塊のような石だった。僕は手に持ったシャボン玉セットのストローにたっぷり液を含ませ、大きなシャボン玉を石めがけて一気に吹き出す。

 至近距離からのシャボン玉は、なんとか氷の石にあたりシャボン玉に閉じ込められた。氷の石はシャボン玉といっしょに、ぷかりと少しだけ浮かんだ。

『トラップバブル』が、撃ち出されるつぶてをすべてうけとめてくれている。もう危険はなさそうだ。『フリーズストーン』の採集は完了したようだ。

 僕は力が抜けて、すとんと座り込む。

 

「こら、詰めが甘い。自分のクラフトでやられちゃうわよ」

 七樹先輩の声と同時に、熱風とシャボン玉が止まった。

 そうだ、クラフトを止めるのを忘れていた。危なかった。

 だけど、緊張からの解放で正直立てる気がしなかった。

「なるほど、冷気と攻撃が危ないなら、それを両方封じてしまおうという発想か」

 ハヤテ先輩が僕のところに歩み寄り、手を差し出した。

 僕は手を取りなんとか立ち上がる。

「おめでとう、工桜くん。第一の課題クリアだ」

 それは、何よりうれしい言葉だった。

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