第3話 挨拶



「おはよーっす、司。風邪引いてないか~?」

元太げんた、おはよ。傘借りたおかげで大丈夫だよ。ありがとね」

「いいってことよ!あ、でもどうしてもって言うなら学食奢ってくれてもいいぜ?」

「はいはい、喜んで奢らせてもらうよ」

「やりぃ!」


 友人は喜びながら自分の席へと戻っていった。まったく、元太は名前の通り朝っぱらから元気だな。まぁ元太に限らず高校生とは元気なもので、教室内は喧騒に包まれているんだけど。

 しかしそれもいつまでもは続かない。毎朝、ある瞬間を迎えると教室が一瞬にして静まり返るのだ。もちろんチャイムではない。

 それは——龍ヶ崎さんが教室に入って来た瞬間だ。それまで盛り上がっていようが、まるで全員で打ち合わせていたかのように静まり返る。

 たしかにあの目で見られたら怖いけどさ、なにも会話をやめるほどではないと思うんだよね。噂だってどこまで本当なのか分からないし。

 ちなみに俺も龍ヶ崎さんも席は1番後ろ。ただし俺は廊下から2番目で龍ヶ崎さんは1番窓側だから関わりはない。

 今日も一気に静かになったことで龍ヶ崎さんが入って来たと分かったのだけど、俺の後ろで止まったような気がする。だから俺は勇気を出して振り返った。


「おはよう、龍ヶ崎さん」

「......お、おはよ」


 その瞬間、意図的に逸らされていた視線が一斉に俺たち2人に向けられた。挨拶をしただけで大げさだよ。

 龍ヶ崎さんもビックリして時間が止まっている。いや、これは挨拶されて驚いたのかな?てっきり俺に挨拶しようと立ち止まったと思ったんだけど......。

 昨日少し関わっただけで俺が自意識過剰になっているのかな。でもちゃんと返してくれたし、毎日試してみようかな。

 龍ヶ崎さんが再び自分の席へと歩き出すと、一斉に視線は逸らされた。その背中はどこか寂しそうにも見える。なんとかできないものか。


「おい司、いったいどういうことだよ!まさか、脅されているのか?」


 休み時間に入るなり、元太が小声で怒鳴って来た。龍ヶ崎さんに聞かれないようにって魂胆だろうけど、器用なヤツだよ。


「どうもこうも、ただ挨拶しただけだよ」

「バッカお前、あの龍ヶ崎さんに挨拶するなんて正気の沙汰じゃねえだろうが!脅されて舎弟になってんじゃねえの?」

「そうでもないよ。龍ヶ崎さんは皆が思っているような人じゃないかもしれないしね」

「あの視線だけで人を殺せそうな人だぜ?いつも喧嘩で怪我ばかりだし、よく挨拶する勇気があるもんだ」


 たしかに目つきはアレだけど、怪我は本当に喧嘩なのか怪しいものだ。昨日も階段ならともかく、部屋の前の何も無い所で転んでいたし。

 皆も聞き耳たてるくらいなら直接聞きにくればいいのに。授業が始まると前を向いてくれたのは幸いだ。俺も龍ヶ崎さんも1番後ろの席だからね。休み時間の度にジロジロ見られるのはたまらないけど。


「司~!昼飯行こうぜ~!」

「はいよ、混む前にさっさと行こうかー」


 昼休みになるとすぐさま元太が走り寄って来た。俺の席は廊下寄りだから他の生徒よりは有利だ。

 走ると怒られるので早足で向かうと、すでに学食には結構な数の生徒が押し寄せていた。いつもながら早すぎじゃない?フライングしているとしか思えないんだけど。

 俺は夕飯は基本的に自炊するけど、早起きしてお弁当を作る元気はさすがに無いから学食の存在は本当に助かる。

 ......そういえば龍ヶ崎さんもはお昼ご飯どうしているんだろう。夕飯が毎日コンビニかカップ麺ということは自炊能力があるとは思えない。だけど食堂で見かけたことも無いんだよなぁ。

 それに教室ではいつも1人でいるような気もするけど——


「龍ヶ崎さんって友達いるのかなぁ......」

「あん?急にどうした?友達ってより舎弟と喧嘩相手じゃねーの?」

「え、もしかして俺、今口に出てた?」

「おう。頭でも打ったか?保健室連れていくぜ?」

「余計なお世話だよ」


 昨日からどうにも龍ヶ崎さんのことが気になってしまう。犬は犬でも子犬っぽいあの反応を見るとついお世話したくなっちゃうよね。別に噛みついてきたりもしなかったし。

 せっかく部屋も隣だって分かったし、また夕飯食べにくる機会でもあるかな?あ、その前に連絡先も知らないや。聞いたら教えてくれるかな。


「何考えてんのか知らないけど、学食でニヤけるのはやめとけよ」


 

 

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