第12話 写真



「おおお!志井食君が、見える!」

「そ、それは良かったよ。でももう少し離れないと眼鏡の意味がないよ」

「むぅ......」

 

 完成した眼鏡をかけた龍ヶ崎さんは、見えると言いつつも至近距離で俺の顔をガン見している。睨むことがなくなったのはいいけど、その分綺麗な顔が強調されてそれが間近にあるのだ。

 しかもここまだお店だからね?店員のお姉さんがすっごいニコニコしながら見てくるんだよ。もう顔から火が出そうなくらい熱いし心臓の音聞かれてない?大丈夫?


「や、やっぱりその眼鏡にして良かった。すごく似合ってるよ」

「あ、ありがとう......」


 龍ヶ崎さんがかけているのは細いフレームの丸眼鏡だ。レンズが大きめなので視界もちゃんと確保できる。

 注目すべきはフレームの色だろう。俺たちが1番似合ってると言ったのは、ワインレッドという色だと店員さんが教えてくれた。ワインの色なんて知らないけど。

 でもシンプルな赤だと少し強い印象が出てしまうし、紫がかったワインレッドなら大人っぽさがあって龍ヶ崎さんの魅力が引き立っている......と思う。まぁ落ち着いた雰囲気でとても似合っているということだ。


「うんうん、龍ヶ崎さんは可愛さもありつつ元々が綺麗な顔立ちだから大人っぽいのが似合って——痛い痛い!え、どうしたの?......もしかしてまた口に出てた?」


 いきなり龍ヶ崎さんが叩いてきたから何かと思ったら、また考えていることが口に出ていたらしい。龍ヶ崎さんの顔が真っ赤である。

 しかも今回は店員のお姉さんにも聞かれているというオマケつき。ものすごくいたたまれない気分です、はい。


「......志井食君も似合ってる」

「あ、うん......ありがとう」


 俺のは龍ヶ崎さんと同タイプだけど、色がダークパープルのものだ。パープルといってもどちらかというと黒に近いけど、光が当たると青みがかって見える不思議な色だ。

 極端にいえば龍ヶ崎さんのは赤系の紫、俺のは青系の紫でお揃い感が増して個人的にはすごくいい。それを思うだけで頬が緩んでしまいそうだ。

 俺の眼鏡には度は入っていないけど、代わりにブルーライトカットというものが付いている。簡単にいえば、スマホやパソコンを見る時に目の疲労を和らげる的なアレだ......多分。

 これはもうあれだね、ゲームするときに使うしかないね!


「若いっていいなぁ。2人とも、お互いを大事にするんだよ。あーあ、私も恋した~い!」


 お姉さん1人で盛り上がってるけど、俺たち付き合ってないんですよね......。さっき否定しそびれたから言い出しづらい。

 隣の龍ヶ崎さんはいったい何に頷いているんだろう。こういうのって勘違いされると女の子側は嫌がるもんじゃないのかな?俺は嬉しいんだけど。

 いや嬉しいと言っても、好きかどうかは自分でも分からない。たしかに龍ヶ崎さんは可愛いけど、だからといって好きというのは違う気がする。

 恋愛経験などないし、もっと龍ヶ崎さんのことを知りたいと思う。それから自分の気持ちを確かめよう。

 

「ふむふむ、なるほど......。あ、ねえ。2人で写真撮らない?私が取ってあげるから!絶対いい思い出になるよ!」

「あの、お仕事中じゃ......」

「いいのいいの!どうせ他にお客さんいないし!さ、2人でそっち立って」


 お客さんいなくてもやることあるんじゃないの?と思って店内を見回すと、他の店員さんも仕事をせずに俺たちの方を笑顔で見ていた。大丈夫かな、このお店。

 

「......志井食君、写真」


 龍ヶ崎さんも乗り気みたいだし仕方ないね。まぁ俺も鏡で撮ったツーショットと言えなくもない写真はあるけど、ちゃんとしたのも欲しいしね!


「ほら、2人とも表情硬いよ〜!笑って笑って!」


 そう言われても、あらためて龍ヶ崎さんと並んで立つと緊張するし、笑えというのは無理な注文だよ。

 隣をチラリと見ればほら龍ヶ崎さんも......うわ、めっちゃ緊張してるっ。むしろ俺より表情ガチガチだよ。ふふ、そんな龍ヶ崎もかわ——いやさすがに自重しておこう。

 しかしあれだね。自分より緊張してる人を見ると落ち着くって本当なんだね。

 カシャという音に振り向くと、お姉さんがサムズアップしていた。


「いやー、今の彼氏くんの表情、最高だったね。その調子でいってみよーかー!」


 え、どの表情?なんで撮ったの?龍ヶ崎さんも俺を見て首を傾げないでくれる?とりあえず俺も同じように傾げておこう。

 なんかすごい連写する音が聞こえるけど気のせいだね。龍ヶ崎さんが睨むことなく俺を見ている。可愛い。


「よーし、こんなもんかなー!ふう、満足したぁ」

「なんで撮った側が満足してるんですか」

「まぁまぁ細かいことはいいじゃない。あ、写真送るから彼女ちゃん連絡先交換しない?」

「する」


 あれ?ここ眼鏡屋さんだよね?いつからスタジオになったの?しかも仕事中に連絡先交換していいんかい。

 スマホを見ながらお姉さんが喋って龍ヶ崎さんが真剣な表情で頷いている。いつの間にか仲良くなってるけどまぁいいか。

 あ、後で龍ヶ崎さんに写真送ってもらわなくちゃ。さすがに待ち受けには出来ないけど、念の為にパソコンにも保存しておこう。


「じゃ、眼鏡の調子が悪くなったらいつでも来てね〜!悪くなくても来て惚気聞かせろ〜!彼氏くんヘタレるんじゃねぇぞ〜!」

「いや、ツッコミどころが多すぎる......」


写真の件は感謝するけど、次回来るとしてもあのお姉さんがいなさそうな時にしよう。眼鏡を買うだけなのにすごく疲れたよ......。

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