第6話 食堂


「司~、飯行こうぜ~」

 

 昼休みになるといつも通り元太がやって来た。龍ヶ崎さんとのことを聞きたいってのもあるんだろうな。ならお望み通りにしてあげようじゃないか。


「龍ヶ崎さーん!お昼行こー!」


 自分の席に座ったままの龍ヶ崎さんに声をかけると、クラス中の視線が一斉に向けられる中、トテトテと小走りで寄って来た。ヤバい、本当に子犬みたいで可愛い。


「おいおい司、まさか......」

「うん、龍ヶ崎さんも一緒に行くんだよ。友達なんだからいいでしょ?」

「ぅえ......あ、俺......ちょっと腹の調子が......」

「そう遠慮するなって。元太も話したかったんだろ?」


 急にヒソヒソ声で逃げる算段をたて始めた元太を逃がさないように肩に腕を回しておく。いつもはされる側だけど、こういう時は役に立つなぁ。

 3人で校舎内を歩いていくと、勝手に廊下にいる生徒たちが避けてくれる。これはこれで便利だ。

 食堂に到着するといつも通り生徒が3つに分かれて並んでいた。ウチの高校の食堂では定食、カレーや丼もの、麺類のコーナーがあり、それぞれが日替わりになっているのだ。

 俺たちは揃って定食にしようとしたのだが、1番後ろに並んでいた生徒が気づいたのを皮切りに騒ぎが大きくなっていって、それと同時に生徒の列が次々と俺たちに順番を譲ろうと左右に分かれていった。

 

「......だから嫌だったのに」


 なるほどね。廊下のくらいならまだいいけど、どこに行ってもこれじゃぁ疲れるよね。龍ヶ崎さんのこんな悲しそうな顔を見たかったわけじゃない。


「あー、皆さんそのまま並んでてください。俺たちもちゃんと順番守りますので」


 しばらく生徒たちは固まっていたが、俺たちもその場から動かないでいると恐る恐る元通りに並び直した。

 定食のトレーを受け取って席を探そうとすると、これだけ混んでいるのに一角だけぽっかりと不自然な空席が出来ていた。まったく、ここまでしなくてもいいだろうに。

 ま、最初の内は仕方ないし今日はありがたく使わせてもらおう。毎日続ければ皆も分かってくれると信じるしかない。今は美味しいご飯をありがたくいただくとしよう。

 龍ヶ崎さんも食べ始めたらそっちに夢中で周りは気にならないようだ。悲しそうな表情も薄れて頬が膨らんでいる。食べている時だけは子犬というよりリスだよなぁ。

 

「ね、パンよりこっちのが美味しいでしょ?」

「んふ、へほひひひひふんほほふはひひ」

「飲み込んでから喋ろうね。ゆっくり、よく噛むんだよ」

 

 龍ヶ崎さんに問いかけると、頬をパンパンにしたまま喋ろうとしていた。話しかけた俺も悪いけど、頷くだけでもいいだろうに。

 龍ヶ崎さんは一生懸命口を動かしているけど、詰め込みすぎでなかなか飲み込めないようだ。慌ててまた喉に詰まらせても困るしゆっくり待とう。


「おい司......これが本当にあの龍ヶ崎さんか?」

「そうだよ、他の誰に見えるのさ。皆が勝手に噂して怖がっているだけだよ」

「た、たしかにヤンキーには見えないけどよ......」


 さっさと平らげた元太は相変わらず耳元でヒソヒソ喋りかけてきた。普通に話せばいいのにね。


「よ、よし............あの、龍ヶ崎さん。俺のこと分かるかな。同じクラスの中島なかじま元太げんただけど......」


 お、元太が話しかけた。怖いと言いつつやっぱり話してみたかったんだね。

 龍ヶ崎さんはいまだにモグモグしていた口を止めて、視線を元太に向けた——と思ったら睨み始めた。あれ?


「ひぃぃ!なんか怒ってるじゃねぇか!すすすすみませんでしたぁぁぁ」

 

 睨まれた元太は悲鳴を上げたと思ったら、なにやら叫びながら走り去っていってしまった。食べ終わってるならせめて食器は片付けてほしいものだけど。


「......行っちゃった?」


 ようやく口の中のものを飲み込んだ龍ヶ崎さんは寂しそうに呟いた。うん?睨んだことに気が付いてない?さすがにアレは俺も慣れないしなぁ。

 あの目をどうにかしないと周囲に溶け込むのはかなり難しい。とはいえ、どうしたものか。笑っている時は可愛いんだけどなぁ。


「仕方ないなぁ。それで、龍ヶ崎さんさっきなんて言ってたの?」

「さっき?」

「ほら、パンよりこっちのがいいでしょ?って聞いた時」


 可愛いから首をコテンって倒すのやめてほしい。さっきの睨んでる時とのギャップがすごすぎる。こういう姿を見てもらえば誤解も解けるはずなんだけどなぁ。


「うん、でも志井食君のほうがいいって言った」

「そ、そっか。ありがとう」


 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、さすがにプロには敵わないと思うよ......。普段手料理を食べないから味覚が麻痺してない?


 

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