第5話 理由
翌朝、学校への道路を歩く俺の隣には、上機嫌な龍ヶ崎さんの姿があった。
昨夜はおやすみと言うまでメッセージは続き、今朝も起きた時にはおはようと来ていた。それから支度して家をそろそろ家を出るよと送ったら龍ヶ崎さんも一緒に行くことになったのだ。
「制服、いいにおいがする」
「まぁ洗ったしね。普段と違うから慣れないかもだけど」
「んーん......このにおい、好き」
制服のにおいのことだとしても、好きという単語を聞くとドキッとしてしまう。それが男子高校生というものだ。
「そ、そういえばさ......いつもけっこうギリギリに登校してくるよね?何か理由あるの?」
心臓に悪いので話題を変えようと聞いてみた。それも気になっていたことだしね。起きるのが遅いのかと思ったけど、今朝は俺よりも早く起きていたみたいだし。
「......私がいると、教室静かになっちゃうから」
「そっかぁ。龍ヶ崎さんは優しいね。でも、もうそんなこと気にしなくて大丈夫だよ。俺とお喋りしよう」
「で、でも......それじゃ志井食君まで......」
「遠慮しないでよ。......俺は龍ヶ崎さんのこと、友達だと思ってるし」
「と、とも......だち」
たった2日程度しか関わってないけど、一緒にご飯食べて連絡先も交換したし、友達と呼んだっていいはずだ。
あの数々の噂も勘違いだと分かれば皆の対応は変わるはず。俺は元々目立たないほうだし多少何か言われたところで気にはしない。
そんなことより、龍ヶ崎さんと話してもっと知りたいし知ってほしい。クラスの皆に龍ヶ崎さんの可愛い子犬な所を知られていくと思うと少し残念だけど、彼女の快適な生活のほうが大事だ。
「おはよーっす」
「おは——ってえええ!?」
教室に入って扉近くでお喋りしていた元太に挨拶すると、絶叫が返って来た。その声で振り向いたクラスメイトたちは、俺の後ろにいる龍ヶ崎さんを視界に入れて硬直してしまった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。クラスメイトが登校してきただけなんだし」
「わ、私......やっぱり」
「ほらほら、龍ヶ崎さんも入った入った」
逃げようとしたその背中を押して龍ヶ崎さんの席へと連れていく。進路上にいた人たちはサーっと蜘蛛の子を散らすように教室の前方へと移動していった。
なにもそんなに怯えなくてもいいのに。まぁいいや、ちょうどいいから龍ヶ崎さんの前の席を借りよう。
「ね、龍ヶ崎さんって休みの日とか何してるの?」
「あ、えっと......動画見たり?」
「へー!どんな動画見るの?」
「ど、動物のとか......」
一気に落ち込んでしまった龍ヶ崎さんの気分を変えようと質問したら、モジモジしながら答えてくれた。いや可愛いかよ。子犬っぽいから同じように可愛いものが好きなのかな。
「あ、ちなみにさ......俺が隣に住んでるって知ってたの?」
「うん、帰るところを見かけたりしたから......。話しかけることは出来なかったけど」
クラスメイトたちは俺たちと距離を取っているし声量を落とせば聞かれることもないからその点は助かるな。
しかし龍ヶ崎さんは知っていたなんて......俺を怖がらせないように帰宅時間をずらしてたんだろうけど、もっと早く関われたら良かったなぁ。
「そっかぁ、でもこれからはたくさん話せるね!お昼ご飯はどうしてるの?食堂じゃないよね?」
「お、お昼は......屋上前の踊り場で......食堂は、皆が使えなくなっちゃうから......」
龍ヶ崎さんはそう答えながらカバンから菓子パンを取り出して見せた。それって昼食用だったんだ。昼はパンで夜はコンビニべにょうかカップ麺。さすがに酷い食生活と言わざるを得ない。
たしかに屋上は立ち入り禁止だからその前の踊り場なら誰も来ないだろうけど、寂しくないのかな。
「よし、今日は一緒に食堂で食べようよ!お昼もちゃんと栄養あるもの食べないと」
「でも、それだと......」
「周りばっかり気にしてたら楽しくないよ。それとも......迷惑だったかな?一緒に食べれたらって思ったんだけど......」
「め、迷惑なわけない!」
「じゃ、約束ね!」
龍ヶ崎さんは皆が思ってるよりずっと優しい。だけど、その優しさを回りだけじゃなくて自分にも向けてほしい。迷惑だと言われればやめるけどそうじゃないみたいだし、俺がそのサポートをしよう。
もっと笑えば周りからの印象だって変わるはずだ。どうせなら楽しい学校生活を送ってほしいし、なにより俺自身が彼女を笑顔を見たいからね。
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