第4話 交換



「お、あれは......」


 退屈な委員会集会を終えて下校していると、赤茶色の髪の毛が揺れているのが見えた。これはチャンスだ。


「龍ヶ崎さん、一緒に帰ってもいい?」

「——っ!う、うん......もちろん」


 突然声をかけられたからかビックリしてたけど、了承してくれて良かった。聞きたいことも色々あるしね。


「龍ヶ崎さんさ、その制服の汚れって昨日の雨?」

「うん、転んじゃって。洗いたいけど乾かないから週末まではこのまま......」

「やっぱりそうかー。怪我もそのせい?」

「そう。なんでか転んじゃうから」


 うーん、別に歩くのが早いとかよそ見してるとかってわけでもなさそうなんだけどなぁ。ともあれ喧嘩じゃなくて良かった。


「その、良かったらさ......ウチで洗濯する?乾燥機も付いてるからすぐ乾くと思うよ」

「えっ.....い、いいの?」

「うん、別に洗濯機くらい構わないよ。困ったときはお互い様ってね」

「あ、ありがとう......」


 1度自室に入っていった龍ヶ崎さんは着替えてから制服を持って俺の部屋へと来た......のはいいんだけど。


「これは?」

「......お礼?」


 いや、お礼って......これカップ麺だよ?そういえば昨日もお礼に貰ったな。龍ヶ崎家の通貨ってカップ麺なの?


「お礼なんて気にしなくていいよ。さっきも言ったけど、困ったときはお互い様ってことで」

「......お互いさまってことは、私も助ける?」

「うん、困ったことがあれば助けてくれると嬉しいかな」

「絶対助ける!なんでも言って!」

 

 義理堅いのはいいとしても、あまり軽々しくなんでもとか言わないほうがいいと思うけどなぁ。まぁ龍ヶ崎さんが睨めば、良からぬことを出来る人なんていないと思うけど。


「今日も夕飯はカップ麺の予定なの?」

「......それしかない」

「ウチで食べてく?どうせ洗濯待ってる間暇だし支度しちゃうね」

「い、いいの......?」

「そんな大したもの作れるわけじゃないけどね」


 昨日は龍ヶ崎さんにご馳走したから、今日も料理をしなければならないしどうせなら栄養あるものを食べてもらおう。

 

「......私も手伝う」

「いや、座ってていいよ。キッチン狭いし」


 狭いのもそうだが、龍ヶ崎さんに見られたら集中出来る自信が無い。特に龍ヶ崎さんは普段料理しないし、怪我をさせてしまう可能性もある。

 まだ夕飯には早いし下ごしらえだけっていうのもあるけどね。


「なんだったら一旦自分の部屋戻ってもいいし。洗濯終わったら呼ぶから......あ、そうだ。連絡先って聞いてもいい?嫌なら無理にとは言わないけど」

「い、嫌じゃない!交換、してくれるの......?」

「そのほうが便利だしね。普通に色々話したいってのもあるけど」

「私も!し、志井食君とお話、したい」


 食いつきの良い龍ヶ崎さんとメッセージアプリのIDを交換する。しかし龍ヶ崎さんは操作が分からなくて四苦八苦していて、教えながらなんとか交換出来た。

 試しにスタンプを送ってみると、やや間を空けて同じようにスタンプが返って来た。操作している本人を見てみると、スマホを凝視しているがその口元は緩んでいるのが確認できる。

 これってニヤけてる......ってことでいいんだよね?目の前でそんな嬉しそうにするとか可愛いんだけど?思わずこちらまでつられてニヤけてしまいそうだ。せっかくだし少し付き合ってあげるか。

『龍ヶ崎さんは苦手な食べ物ある?』と送ってみると、パァっと顔を輝かせて一生懸命に文字を打ち込み始めた。それを見守っていると打ち終えたのだろう龍ヶ崎さんが顔を上げて俺を見てきた。

 スマホを見てみると『トマトとピーマン』と来ていた。まぁそれくらいなら無理して使う必要もないから大丈夫かな。


『ケチャップは?』

『ケチャップは大蛇』


 大蛇!?蛇の血ってこと?いや分からん。トマトとケチャップは別物っていう人もいるからそれを聞きたかったんだけど......。

 龍ヶ崎さんも自分のミスに気が付いたらしく、慌てて打ち直し始めた。


『ケチャップは大丈夫』

『良かった。戦ったことがあるのかと思ったよ』


 冗談を交えて送ってみたのだが、龍ヶ崎さんに睨まれてしまった。いくら子犬みたいと思ってもあの目は怖い。

 そうして同じ部屋にいるのにメッセージでやり取りをしていると、ピーッピーッという機械音が聞こえてきた。


『洗濯終わったみたいだから干してきなよ。その間にご飯作っちゃうから』

『ありがとう』


 あまり乾燥時間を長くするとシワになってしまうので控えめにしておいた。もう10月なのでさすがに夜は少し冷えてくるが明日の朝までには乾くだろう。

 1人になった俺は、上手く連絡先が交換出来たことに今度こそニヤけてしまうのだった。

 

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