第8話 身バレ


「遅くなってごめんね。お腹空いたでしょ」

「お腹は空いた。だけど、私も少し用事あったから大丈夫」


 12時からのゲーム内イベントをやっていたので、お昼ご飯を作るのが遅くなってしまった。平日は学校だし、土日くらいしか参加出来ないからなぁ。

 食卓についた龍ヶ崎さんはすでに目を輝かせてソワソワしている。こういう時はすごく分かりやすいんだけどね。

 

「ハンバーグは夜作るからお昼は簡単にオムライスだよ。さ、食べようか」

「いただきます。すごい......ふわふわ......」


 オムライスは卵にどれくらい火を通すかで決まるから、慣れるまでは大変だったものだ。

 あとは何をかけるかで大きく味が変わる。シンプルにケチャップもいいけど、今日はデミグラスソースがかかっている。デミグラスソースもわりとなんにでも合うから便利なのだ。

 龍ヶ崎さんはふーふーと冷ましながら1口目をじっくり味わい、それからいつものように口に詰め込んだ。誰もらないからゆっくり食べればいいのに。

 

「——はふぅ、しあわせ......志井食君はなんでこんなに美味しいの作れるの?」

「あー、俺さ、妹がいるんだよね。両親が共働きだから世話をするのは俺の仕事でね。特にご飯はすぐ文句言われるから、色々調べたり試したり大変だったよ。おかげで上達したけど」

「妹......私はひとりっ子だから、羨ましい」


 龍ヶ崎さんはひとりっ子なのか。まぁ妹なんていたらいたでやかましいよ。その妹があまりにもぐうたらしているから、見かねた母さんが俺にひとり暮らしを勧めたくらいだし。

 しょっちゅうメッセージは来るし、夏休みとかで帰った時は結局俺が家事をやるはめになるんだけどね。

 まだ中学生とはいえ、あまり甘やかしすぎても本人のためにならない。せめて自分の洗濯物をたたむくらいはやってほしいものだ。


「ん?メッセージだ」


 俺が食べ終わると、タイミングよくスマホの通知音が鳴った。

 表示されている名前は妹——ではなく、さきほどまでやっていたゲーム内で同じギルドメンバーのC.P.だった。ということはあっちのアプリか。

 起動したのは、いつも龍ヶ崎さんや妹とやりとりしているメッセージアプリではなく、『DChordディーコード』と呼ばれるチャットアプリだ。いろんな機能があって便利だし、ゲームのキャラ名で登録しているから本名バレの心配もなくて使いやすい。

 ゲームのプレイ中はゲーム内のチャットで会話をするけどそっちはすぐに履歴が消えてしまうので、大事な連絡や今のようにクエストのヘルプ要請をする時はアプリでやりとりをしている。

 C.P.は『力こそパワー』とかいう謎の言葉が口癖で、防御など考えずにとにかく特攻するからよく要請が飛んでくる。こういう時はだいたいハリーの出番なんだけど今はいないようだ。


「龍ヶ崎さん、ちょっとごめん」


 まだオムライスを頬張っている龍ヶ崎さんに断りを入れてから、閉じていたノートパソコンを開いてゲームを立ち上げる。

 いつもより人が少ないけど、皆してお昼ご飯を食べているのかな。さっさとクエストやっちゃおうか。

 ゲーム内には職業というものが存在している。俺は名前が司だからという安易な理由で回復職の司祭プリーストを選んだのだけど、結果的には正解だと言える。C.P.を筆頭に脳筋が多すぎるんだ。

 ハリーもプリーストだけど何故か攻撃がメインだ。敵の攻撃を回避しつつ攻撃してさらに味方を回復する。

 一見、チート職かと思うが、そんな芸当を出来るのはハリーだけだ。


「レックス......」


 気が付けば俺の背後から声が聞こえた。オムライスを完食した龍ヶ崎さんがのぞき込んでいるようだ。


「ごめんね、すぐ終わるから」

「志井食君は、レックスなの?」

「あー、うん。ゲームの中ではレックスっていう名前だよ」

「......私、サンドラ」

「............え?」


 ぼつりと呟かれた言葉に思わず振り返ろうとして、思ったより近くにあった顔に驚いて再びパソコンに向き直ってしまう。

 ビックリした......一瞬だったけど、少しやせ気味の小さな顔に整ったパーツが確認できた。そして俺を見つめる瞳と目が合った気がする。

 ゲームをしていると無駄に動体視力が鍛えられちゃうから一瞬でもバッチリだ。

 

「私もこのゲーム、やってる」

「そっかそっか、龍ヶ崎さんも——ってええええ!?サンドラぁ!?」


 どこかで聞いたことある名前だと思ったら、お昼も一緒にクエストやった相手じゃん!え、そんなことある!?

 龍ヶ崎さんは頷くと、スマホを取り出して操作してから俺に見せてくる。そこには、俺のパソコンと同じゲームが映っていて、画面左上にはたしかにサンドラという名前が表示されていた。

 驚いて手が止まった拍子にキャラがあっさり死んでしまってC.P.からチャットが来ているが、それどころではない。

 

「ウソ......そんなことある?」

「私もビックリ」


 たしかに言われてみれば、チャット上の喋り方も龍ヶ崎さんっぽい気はする。だけど、偶然という言葉で済ませるには出来すぎじゃない?まだ夢って言われた方が納得できるよ。

 それにしても......休みの日は動画見てるって言っていたけど、本当はゲームしてたのか。しかもけっこうやりこんでいるよね?俺がログインするとだいたいいる気がするし。

 もしかしてスマホでゲームしてたからメッセージの返信が遅めだったのかな。たしかにここ最近のサンドラは静かだった気もする。

 しかしリアルバレするってなんか恥ずかしいな。よく一緒にパーティ組んでいたからゲーム内での言動も知られてるしね。

 え、俺ゲーム内で恥ずかしいこと喋ってないよね?もしそれをネタにイジられてニヤニヤされたら......それも見てみたいな。いや違う違う。

 考えてみればこれは悪いことでもないと思う。共通の趣味があればもっと仲良くなれるはずだし、これからが楽しみだなぁ。


 

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