第18話 誘い
翌朝、朝イチで管理会社に連絡して業者さんに確認してもらったら、どうやら給湯機の故障らしかった。
ウチのアパートに付いている給湯機は古いタイプなので故障しても一部のエラーしかリモコンに表示されないらしい。
これを機に全部屋新しいタイプに変えるとのことだけど、今日中の交換は難しいらしい。アパート8部屋全部となると大変だよね。住人の都合だってあるし。
あれ、待てよ?ってことは今日も千羽の部屋はお湯が出ない=ウチでお風呂入るってこと?お風呂ってリラックス出来るものなのに、千羽が入った後ってだけで全然落ち着かないんだよね。
お風呂上りの千羽を見られるのはすごく嬉しいんだけども。ただ、やはり無防備なのが気になってしまう。
「ふおお。これ、本当にカップ麺が入ってる?」
「うん、具材も入ってるし味付けもしてあるから少し足すだけで簡単に出来たよ」
今日のご飯は千羽の家に保管してあるカップ麺を細かく砕いて白米と炒めたチャーハンだ。どうにかアレンジ出来ないかなと調べて試してみたけど、思ったより美味しく出来た。
千羽も頬をパンパンに膨らませている。こういうところは全然変わらないなぁ。可愛くて微笑ましいからいいんだけれど。
今日はちゃんとお風呂掃除も済ませてあるし、すでに沸かし始めてもいる。準備は万端だ。
「司も......い、一緒に、入る?」
「......え?」
今、なんて?聞き間違いだよね?だって、そんなはずは......。
「お風呂、一緒......する?」
「しない!しないよ!急にどうしたの!?」
「......そっか。じゃぁ、入って来る」
本当にどうしたの!?いきなりすぎて理解が追い付かないよ!しかもなんで少し残念そうな顔してるの!?千羽の中で友達ってどういう存在なの?
ああもう、昨日以上に水音が聴こえてしまう気がする。落ち着け落ち着け......きっと千羽なりの冗談、だよね?まさか日ごろのお礼?なんでもするって言ってたし......いやさすがにそれを受け入れるわけにはいかないけど!
どうにか気を紛らわせないと......だけどゲームをしようにもまたろりえるやC.P.にいじられそうだし困ったものだ。
よし、こうなったら座禅だ。心を落ち着けるといえばそれくらいしか思いつかない。
......あれ?足ってどう組むの?胡坐とは違うよね?ええと、こうして......これでいいのかな?それでどうすればいいんだろう。
とりあえず目を閉じて......何も考えないようにするとさらに水の音が聞こえてしまうから......そうだ、素数を数えよう。
2、3、5、7、11、13、15、あ、15は違うか。えーと17......19?なかなか難しいなぁ。他のものを数えよう。うーん、羊は眠くなりそうだし......小犬にしよう。
小犬が1匹、小犬が2匹、小犬が3匹——。
「お待たせ?」
——千羽が32匹......あれ、1人?チワワっぽいから32匹でいいか。千羽が33匹、千羽が34匹。
「司」
「ん?......うわぁ!!!」
「大丈夫?」
たくさんの千羽に囲まれてしまったと思ったら、本物が目と鼻の先にいた。近い、近いよ!少し動かせば鼻同士が触れてしまいそうな距離だ。いつの間に出てきたのさ。
「な、なんでもない!ちょっと心を鎮めてただけだから!」
「......心を?」
「あれ?千羽、髪の毛が濡れたままだよ?乾かしてきなよ」
「司にやってほしい」
「え?」
なんで俺?千羽の手にはドライヤーが握られているし。昨日は自分で乾かしてたよね?
「ダメ?」
「ダメ、じゃないけど......分かったよ」
髪は女の命ともいうし、むしろ触っていいのかと逆に聞きたいくらいだ。髪の毛を乾かすこと自体は実家にいた頃に妹に散々やらされていたからいいんだけども、なんでこんなに積極的なの?
今は眼鏡をかけていないのに睨むこともなく、上目遣いでおねだりされたら断れるはずもない。千羽は既に座ってスタンバっているし。
仕方なくドライヤー片手に丁寧に乾かしていく。少し指に引っかかる髪を解くように優しく。集中するんだ、余計なことは感じるな。
ある程度乾いて指に絡まなくなったら櫛で梳かしていく。やっぱりいい匂いがするとか思ってなんかいない。
「はい、終わったよ」
終了を告げるついでに頭に手をポンと乗せてしまうのも仕方ないんだ。妹にやる時はいつもそうしてたからね。
「ありがとう。司は乾かすのも上手」
「妹で慣れてるだけだよ。はい、眼鏡もかけて......こうして髪も整えると可愛いというよりは綺麗だね」
「きっ......司はすぐに変なこと言う」
変かな?でも事実なんだよね。いつもはこう......少しクシャっとした髪だけど、こうして丁寧に梳かすとどこか大人っぽい感じがする。
照れてる千羽は当然、可愛いなんだけどね。
* * *
『今日は髪乾かしてもらった』
『おお、計画通りだね!もしかして一緒にお風呂入っちゃったり!?』
『言ってみたけど断られた』
『本当に誘うとは......千羽ちゃんもなかなかやるわね』
『あと、綺麗って言われた』
『え!?脱いだの!?』
『......?髪整えると綺麗って』
『そっちか~~~ しかしヒーラーのくせしてなかなか火力高いわね』
ヤンキーと恐れられているクラスメイトはただ目つきが悪いだけのチワワでした。 もやしのひげ根 @j407m13
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