第17話 お風呂
「——司、どうしよう。お湯が出ない」
金曜日の21時すぎ。いつも通り一緒に夕飯を食べてゲームをして、帰ったと思った千羽がすぐに戻ってきた。
お湯?お風呂入ろうとしたのかな。試しに我が家のキッチンに向かうと普通にお湯が出た。
「お湯って全部出ないの?」
「うん。お風呂もキッチンも全部」
「なんだろう?こっちは普通に使えるんだけどなぁ」
「助けて」
もちろん助けたいのは山々なんだけど、原因も対処法も分からないからどうしようもない。
「ガス代はちゃんと払ってる?」
「それは大丈夫」
「うーん、どっかの故障とか?それなら業者さん呼ぶしかないね。いや、こういう時はまず管理会社に連絡かな?」
「お風呂、入れない?」
「原因も何も分からないけど、業者さんも管理会社もこの時間じゃさすがに来られないだろうしね......」
「それは困る......死んじゃう」
お風呂に入れないくらいで大げさな。いや、女性にとっては一大事か。しかしどうしたものかな。
「見に来て、早く」
「あ、ちょ......」
え、見にって俺が行くの?千羽の部屋に!?ちょちょ、服引っ張らないで!いきなり女子の部屋にお邪魔するなんて心の準備が出来てないよ!
そういえば前に千羽を助けた時はカップ麺やパンを拾って手伝おうとしたけど部屋に入るのはブロックされてしまったなぁ。
今回は自分から招き入れるということはそれくらいは心を許してくれているのか緊急事態だからなのか。まぁ後者だろうね。
クッ......こんなことならガスの復旧方法を勉強しておけば......いや高校生が知ってるようなことじゃないでしょ。隣の部屋のお湯が出ない状況なんて誰が想定できるんだよ。
「入って」
「お、お邪魔します?」
千羽に引かれるがまま隣の部屋に足を踏み入れるとさらに鼓動が高まってしまう。男子高校生にとって女子の部屋は何が潜んでいるか分からない魔境の地だ。心してかからないと......。
玄関には特に違和感はない。よし、このまま進もう。同じアパートの隣の部屋だし、当然俺の部屋と同じ間取りだ。
玄関には特に何も無くてもその先......キッチンに違和感がありすぎた。そこにあったのは、これでもかと高く積み上げられたカップ麺が。これは異常?先に進んでも大丈夫なやつ?
本来そこにあるべきガス台すらも見えないほどとは恐ろしい。でも今までは毎日食べていたならこれもすぐになくなった......んだろうね。今では毎日一緒にご飯食べているし、どうにかこのカップ麺たちも消費しないと......。
まぁ今はお湯が出ないほうが問題だから後にしよう。......たしかに水は出るけど全然お湯にならないね。給湯機も電源は入っているしなんだろう?
「原因も分からないし素人が下手に手を出すとマズいから、明日の朝にでも管理会社に電話してみようよ」
「お風呂は......?」
「あー、今夜だけ我慢するか......良ければウチで入る?」
「......え?」
「あ、いや......別に変な意味は無くて!ただどうしてもお風呂入りたいならどうかなって」
「いいの?」
「千羽が嫌じゃなければ俺は全然構わないけど」
どうせ普段はシャワーで済ませてるしね。せっかくなら女子高生に使ってもらえるほうが浴槽君も喜ぶだろう。
「ありがとう。じゃぁ、借りる」
「俺はお風呂沸かしておくから準備が出来たら来てね」
普段使ってないから沸かす前に洗わないと。俺もたまにはお風呂に入ろうかな。
実家にいたころは当たり前に入っていたけど、1人だと洗うのも面倒だし水道代ガス代もバカにならない。
1度掃除を始めてしまうとあっちもこっちも気になってしまうけれど、今は重要な部分だけにして後日ちゃんと掃除しよう。
「お待たせ。今沸かしてるからもう少しだけ待ってね」
「ありがとう」
掃除を終えるとすでに千羽が部屋に座っていた。時間も遅いしもう少し急げばよかったかな。
「あれ?持ってきたのって着替えだけ?シャンプーとかは?」
「司の借りる」
「え?それはいいけど......」
女性ってシャンプーやらなんやらってこだわりがあるんじゃないの?ウチにあるのなんて安物だよ?リンスインシャンプーだしコンディショナーなんてものがあるはずもない。
まぁ本人がいいなら俺が口を出すことでもないか。でも同じシャンプーを使うって何故かドキドキしちゃう。
1人悶々としていると『お風呂が沸きました』と音声が聞こえてきた。おお、こんな音声だったのか。
「じゃ、入ってくる」
「うん。ゆっくり温まってきてね」
さて、お風呂に送り出したはいいものの、どうしようか。広くもない部屋なのでちょっとした物音まで聞こえてきてしまう。
衣擦れの音、扉の開閉音、そして水音......。今壁の向こう側では一糸まとわぬ姿でお風呂に......いやいやいやダメだ考えるな!
顔が熱い......千羽が出てきたらどんな顔をすればいいんだ。多分まだ時間はあるだろうけど早いところ冷まさないと。
よし、こういう時はゲームだ。集中して気を紛らわすしかない。
☨ろりえる☨:あれ〜?レックス1人?サンドラは〜?
レックス:なんで俺に聞くの?サンドラにも都合があるんじゃない?
☨ろりえる☨:ホントに〜?怪しいなぁ
C.P.:なになに、レックスとサンドラってそういう仲なの?
レックス:違う!なんでもないから!
まったく、気を紛らわすためにゲームしようと思ったのになんでサンドラのことが話題に出るんだろう。
ろりえるの察知能力すごすぎない?たしかに最近はご飯食べてから一緒にログインすること多かったけども。
「——お待たせ。お風呂ありがとう」
「お、おかえり!早かったね!」
皆に弄られていたらいつの間にか千羽が出てきていた。妹なんかすごい長風呂だし、もっとかかるかと思っていたのに。
ていうか、お風呂上がりの千羽ヤバい!可愛い!というか色っぽいっていうのかな?いつもより血色のいい顔とまだしっとりと濡れた髪、そして薄ピンク色のパジャマ。
「また助けてもらった。 司は困ってる事ない?なんでもする」
「だからなんでもはダメだってば......」
現在進行形で困ってます!お風呂上がりの千羽の距離が近い!いい匂いもする!エマージェンシーです!
あれ?ウチのシャンプーとか使ったんだよね?なんでこんな匂いするの?女子が使うと成分変化しちゃうの?いかん、匂いを嗅いでるなんて知られたら変態認定されてしまうかもしれない。
そしてとんでもない事実に気が付いてしまった——俺、千羽が入ったお風呂に入るの?え、大丈夫?捕まらない?
その前に生きて帰って来れるかな......。鼻血出ないように無心で入って来よう。
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