相対的貧困、私の回答。【R-15】

 ★柊美里ひいらぎ みさとView★


 ーー【拳の王子様】って知ってる?

 それは名栗町このまちで、日々増殖し続ける恋のはじまりミソロジー


 ☆

 私は平凡な、共働き家庭の出身。

 ネグレクトではないものの。

 両親はあまり家に帰ってこなかったので、寂しさは否めなかった。


 給料が上がらず、物価のみが上がる「失われた130年」。

 スラム化が蔓延する今の時代は「普通の生活をする」事自体が難しくて。

 両親も、私を不自由させないために一生懸命働いてくれていたのは・・まだ知らなかった。


 自分は〈超人〉じゃないし、人の気持ちを忖度するのも苦手だけど。

 昔から、とにかく手先が器用だった。


「柊さん、アタシの方もお願〜い」


 小学生のときは、女子のヘアアレ手伝いを、よく頼まれていた。

 人見知りで無口なタイプだったので、これという友人はあまり出来なかったけど。


「ミサをいじめる奴は、アタイがオシオキするからな、安心しな!」


 筋肉質で一つ年上の幼馴染、カナ・・山際叶やまぎわかなえとは、ずっと一緒だった。


 クラス全体で図画工作したり、班活動でタイピング競争をしたり。

 鍵盤ハーモニカの演奏とかは、大抵が私の独壇場だった。

 算数は学習障害もあって苦手だったが、悪くない6年間だったな。


 ーー忌まわしき変転は、中学2年の6月だった。


「父さん・・母さん・・ねえ、嘘でしょ、目を開けてよおお!!」


 皇孫再臨の会ーー臨会りんかいというテロ集団が、戸鳴となり町にある雑誌社を爆破した。


『再三の警告も無視し、雑誌が皇祖皇宗こうそこうそうへの不敬な記事を書き続けたので、伊勢の大神に代わりて天誅を下す』


 巫山戯た犯行声明文。

 出版社に勤めていた両親は、商談の為に雑誌社を訪れていて。

 巻き込まれ、帰らぬ人となった。


 母の姉ー叔母さんはいい人で、施設に入りそうだった私を保護してくれ、葬儀の手続きや、保険金の受取処理まで手伝ってくれた。

 保険金は貯金され、私の学費に回される事になった。


 ・・とはいえ叔母さんも裕福ではなく、食い扶持が一人増えて苦労していたのは、中学生の私でも分かった。


 稚児ちご食堂の世話になったり。

 フードNGOから食品を分けてもらったのも、一度や二度ではなかった。

 そんな苦しい生活が続いたある日。


「なあミサ。嫌なら断ってもいいんだけどよ。

 今から働けて、稼げる仕事・・興味あるか?」


 私はカナの提案に、一も二もなく飛びついた。

 みんなのヘアアレを、今も手伝い続けていた私は。

 学友たちがアクセやコスメの新作を買うのを、指を咥えて眺めていたから。


 そして運命の日は訪れる。

 カナに連れられて、名栗町なぐりちょうの路地裏、地下への階段を墜ちていく時。


 途中の道は、そこんじょそこらで(政府公認の)殴り合いをしている人ばかり。

 黄昏時に響く打撃音や外道の叫びが、嫌らしいくらい耳にまとわりついて。

 その暴力がいつ自分に飛び火するのかを恐れて。

 精神を削られて、汗と悪寒を拭えないままに・・重い扉を叩いた。


「あ〜ら。カナちゃんの紹介だけあって、ポテンシャルが高そうな子ねえ♪

 艷やかな髪も高得点、アタシの勘にビクンビクンきちゃうわ〜♡」


 ドレッドヘアで筋骨隆々の黒い肌。

 援デリ組織「白亜の方舟はくあのはこぶね白船はくせん)」の副総裁。

 保古志泰造ほごし たいぞうさんーー通称ターちゃんさん。


 元A+エープラスランク超人闘士で、クレーム対応も得意。

 これから長らく、お世話になる人だ。


「でもねえ・・君くらいの年齢なら、年齢詐称ミテコキャバや年少アンダーコンカフェで、接客能力を鍛えたほうがいいとも思うの。


 研修はしっかりするし、本遊戯まで数カ月は猶予を置いて訓練するけど・・いきなり体を張っても、大丈夫かしら〜〜??」


 ・・カナに言われる前から、ある程度覚悟はしていた。

 カナがで働いているのは、元々知っていて興味もあったーー私ってムッツリだったのよね、当時は。

 その前に、お金に困って中古下着の出品にも手を染めていたし。

 それ以上に、もうひもじい思いはしたくないから。


 私はその日から禿かむろとして、白船で働き始めた。

 ここは予想以上に謎めいた組織で、警察の摘発からもほぼ無縁のようだ。

 社長がやんごとなき方とか、お偉いさんお気に入りの店とか言われてるが、真相は不明。


 私の拠点での仕事は、正従業員さんのメイクやヘアアレの手伝いや、簡易食の調理、清掃など。

 手先が器用で仕事をすぐ覚えた私は、みんなから気に入られた。

 やむを得ない事情で働く人が多く、お互いの話に共感することも出来た。


 空き時間は研修のビデオを見て勉強。

 模型を使った訓練も行った。

 卵白と練乳とコーヒーエキスを泡立て、調味液を作成して、模型に投入。

 模型に適切なダメージを与えて、調味液を噴射させるという疑似戦闘。


「力加減、こんな感じでどうかな・・きゃんっ!」

 

 ・・顔面がベトベトだわ。

 でも、表示された撃破速度はGood Record.

 トークや接客が苦手な分、器用さを活かして頑張らなくちゃ。


「どうですかお客様。僭越ながら私も、お力添えしますね。」


 1ヶ月後は現場に同行して、見学や正従業員さんの援護を行った。

 私の甘い予想を凌駕した、生々しい音響と立ち篭める匂い。

 汗の一滴一滴が、気化するような熱気の中で、私は。

 興奮と嘔吐感が同居した、不思議な空気に覆われていた。


 ちょっと自信を無くしたけど。

 まだ逃げる時じゃない。私は、大丈夫。


 更に10日後。

 私は手と舌を入念に準備体操して、そのときに備える。

 今日も正従業員さんに同行し、お客様の元へ。

 私が初めて、禿を超えてを務めるのだ。


「あ♡すごく立派になりましたね。嬉しいです。私の手で、もっと・・」


 うう、我ながら心にも思ってないセリフだなあ。

 間近でじっくり見ると、何だか威圧されている感じ。

 不思議な感触だし、洗ってなお据えた感じも、鼻を突く。


 ーーぶふっ!!おええ・・・げほげほ。

 訓練と違って、マジでせそう。

 生々しく粘ついて、洗っても落ちにくくて。


 それでも仕事の後、空中に預金通帳画面をして。

 自分の得意分野を活かして稼いだ、人生初のお給料。

 残高がリアルタイムで増えるのを見ると、まあ悪い事ばかりじゃないかなと思った。


 そして、少しはお腹も満たされるようになって。

 勉強とヘアアレ修行とバイトを掛け持ちする日々は、慌ただしく過ぎていって。


 私が生まれてから、大事に守ってきた花園マグノリアは。

 白線の先に、お札エーテルが舞う只中へ。

 激変をもたらす脈動へ、飲み込まれる日を迎えたのだーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る