掃いて捨てるほどのトラブル

 ★狭霧恭也さぎり きょうやView★

 2126年、じんわりとかじかむ寒さの、今年1月初頭の事だ。

 俺は雪の積もったつりがね流道場の屋外で、親友ダチ雨宮有人あまみや あるとと修行をしていた。


「・・そこ。踏ん張りが甘い(ズドドドドドッ!!)」

「ぐうっ、〈不動すてっどふぁす〉・・・だあっ、足場悪すぎだ!」

「・・ガッツが足りない。まだいくぞ(シュバババッ!!)」


 長身180cmから放たれる、有人の連続蹴りに吹っ飛ばされ、尻もちをついた俺は。


(ぴょこん。)


 壁の向こうで「家政婦が目撃!」のポーズを取っている、緑色のアホ毛を見つけた。


「ぽてぽて」という擬音と共に、近づいてきた少女。

 横に跳ねて広がったセミロングは、もさっとした印象。

 身長は140あるかないかで、ダボついた白衣を着ている。


「どうした嬢ちゃん、迷子か。」

 立ち上がり、腰を掴んでひょいっと持ち上げる。

 ・・軽いな。

 不思議そうな顔で、アホ毛をピコピコと揺らしている。

 よく見ると、うっすら化粧をしている。

 ませた子供だ。

 すると、ポケットから何かを取り出して・・・


「ぷしゅっとな。」


 プシューッ!!

 放たれたスプレーを浴びた俺は、強烈な唐辛子の匂いと激痛に圧倒され、雪上で無様にのたうち回った。


「ぎゅおおおおおっ、目が鼻が口が皮膚がああ(ゴロゴロ)!!」

 氷水が道着に染みるぜ。

 着地した少女は、苛立たしげに俺を見下ろして。



「何いきなり、お持ち帰りしようとしとんじゃー!!

 アタシャ、んな安い女じゃねーんだよ筋肉ダルマが!」


 ・・へ。想像とは似ても似つかぬ口調なんだが?


「全く、ここの有力者さん達への挨拶を済ませた途端、変なのに絡まれちゃったよ。

 アタシはこう見えても、国内有数の頭脳と称される、薬学者の一端!

 ちんまいからって子供扱いしてんじゃねーよド畜生が!!」


 われ ようj゛ょに ばとう されたり。


「・・姉貴?」


 駆け寄ってきた有人が、意外な台詞を口に。


「ム!!

 数年の時を得ても、アタシが見間違えるはずがない。

 弟くん、無事でいてくれてよかったぜ!」


「・・意外だ。あの姉貴が、こんな辺境の町に・・」

「まあ、積もる話は後だな。

 アタシも軽く死にかけたし、辛い目にもあってきたけど!

 また元気で会えたことを、喜ぼうじゃないか!!」


 滲む視界の中に。

 にへらとした表情で、得意げにピースサインを取った、

 ぴょこぴょこアホ毛が映っていた・・


 ☆

 ーー回想終わり。

 電車で名栗町に帰還した俺は、河川敷を歩いていた。

 荷物が重すぎだとか、先を歩く先輩のアホ毛が犬の尻尾みたいに揺れてるとか、とりとめのない思考と共に。


 出会い方はかなり悪かったが、先輩は基本的に人懐っこい性格のようで。

 今はお互い、軽くブラックジョークを言い合い、そこまで緊張せずに話せるって感じだな。

 俺も先輩も、それなりにをくぐった事があって。

 経験したことは違っても、一定の共感は出来るわけで。


「まあ、こんなバイオレンスな町だしさ。

 弟くんに悪い友人ばかり出来てたら、どうしようと思ってたけどさ。

 サギ君はかなりマシな部類だし、互いを信用しあってるのも分かるから、まあいいかなーって。」


「褒められてんのか、ディスられてんのか分かんないっすね・・。

 バイト先でも有人は、俺よりも真剣に頑張ってますよ。

 戦闘力はお互い、あまり差は無いっすけど。

 向こうは怒りの制御アンガーマネジメントも出来ますし、冷静で尊敬できます。」


 わずかに誇張もしてるが、出来る限り本音を話してみる。

 小っ恥ずかしいが、先輩も弟を心配してるし、ちょっとは安心させないとな。


 、姉弟仲が良くていいなあと思った矢先。

 不穏な影の群れが、俺達を取り囲んだ。

 俺はとっさに、先輩をかばって前に出る。


「おう狭霧。珍しくを連れてんのか。」

「そこはすけって言えよ!アタシはガキじゃな・・むぐぐ。」


「先輩、衆愚を刺激しないで下さい・・

 で、何の用だ?」

「いつかのお礼参りだよ。この痣、忘れたとは言わせねえ。

 鐘堂千早しょうどうちはやにも恨みはあるが、まずはその舎弟のテメエからだ。」


 不良を絵に書いたような見た目で、釘バットや鉄パイプで武装した6人。

 リーダーのコイツは、日本刀を差している。


 格闘都市特別法により、武装して外を歩いても、銃刀法には問われない。

 ・・だが。


「まず、本人との許可のない、1体多の闘技ファイトは禁止だ。

 しかも、お前は確か不正の罰として、一ヶ月の闘技許可ライセンス剥奪だろ?

 試合準備マッチングが成立しない状態での暴行は、いくらこの町でも重罪だぞ。」


 この町ではよくある、掃いて捨てるほどの揉め事だが。

 相手が猿未満である以上、噛んで含めるように諭さないとな。

 とはいえそんな俺の心が、伝わるはずもなく・・


「だが、コッチも引くわけにはいかねえ。

 お前らに恨みを持つ連中に声をかけたら、意外と集まったしな。

 とりま肋骨の3本と腕ぐらいは土産に貰うぜ、ヒャッハア!!」


 うん。人語が通じないな。

 それより先輩は・・・

 あ、後ろの方。嫌そうな顔で、迎撃の構えを取ってる。


「とりあえずサツには通報しといたよー。

 自分の身くらいは守れるけどさ。

 変な人を引き寄せちゃって・・サギ君、後で説教だかんね!」


「オイ、お前らのせいで、先輩からの評判がだだ下がりじゃねえか。

 どう落とし前つけてくれんだよ。」

「ヒヒヒッ、ついでにそこのガキを使うか。

 それで楽しむ様子を見せつけ、テメエに無力感を刻んでやるぜ!」


 ・・これはやるしかないな。

 素早くキャストオフして、上半身を肌色一色に変える。


「わわっ///、サギ君!これが『ウホぉいい男』ってヤツかい?!

 先に公然わいせつで捕まっちゃうよ!!」


 先輩に誤解されちまった。

〈能力〉を使うと、服が弾けちまうから、やむを得ない措置なのに。

〈極限集中〉の使い手が、おもらし対策でオムツを履くのは有名だけど、似たようなものだよ。


「「「くたばれやああああ!!!」」」


 次の瞬間、敵兵のナイフや釘バットが、俺に向かって一斉に降り注いだ。

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