馬耳ドラッグと筋肉野郎

 日曜日、午前10時過ぎ。

 3日ぶりのマトモなベッドと、マイ枕で安眠した翌日。

 気が進まない実験をしても、ぐっすり寝て気持ちを切り替える。

 それが昔から鍛えてきた、アタシの防衛機制だから。


『おはようございますご主人さま。

 夜のプールの予約は、ゴリ様を通じて済んでいますよ。』

「ご苦労だぜらいむ君。

 そうだなあ。夜までは買い出しに行ってこようかな。ブランチも外で食べるから。」

『かしこまりました。服の準備は、どうなされますか?』


 召喚中の画面で、天候や気温をチェックする。

「今日はちょっと寒そうだねえ。

 膨張色系ウォームテックの上下と、緑のコートでよろ!」

『はい、お出ししておきますね。』


 ・・ある日は、アタシの愚痴を聞いてくれて。

 今日は、何も聞かずにいてくれるのがありがたい。

 AIにも「心」は宿るものなのかな?

 今だけは、それを信じたい気分だ。


 休日用のメイクをしたら、切れそうなコスメがちらほら。

 そっちも買い足さなくちゃね。

 スマホとタブレットは家に準備完了。


 配車アプリで、いつもの自動運転車を呼び出して戸鳴となり町へ。

 同じ名栗市の範囲でも、格闘都市特別法かくとうとしとくべつほうの適用外だ。

 ゆえに道端で殴り合いをしてる人もいないし、良い店舗も揃っている。

 ・・何か、車がちょっとガタガタ揺れてる気が?大丈夫かな。


 戸鳴駅の一帯は、相変わらず多くの人が行き交っている。

 まずは、駅前の寒羽影さぶうえいで腹ごしらえすんぞ。

 あ、期間限定サンドみっけ。


「タンドリーチキンの沸騰龍具フットウロングサイズ、パンはウィート、トッピングはシュレッドチーズとホットペッパー2枚、オリーブ3枚。ソースはチポトレ。

 ポテトMと、神社永流ジンジャエイルのLセットでお願いしまふ!」


 もしゃもしゃもしゃ。むぐむぐ。

 ・・通行人がたまにチラ見してくる。

 何だよー。ちんまい女が健啖家おおぐいやってるの、そんなに珍しいのかよー。


 ふー。16時間ぶりのマトモな食事の後は、いよいよ本丸だ。

 県最大規模のドラッグストア・馬耳ばじドラッグへ。

 うま店長が目印で、品揃えも豊富な新築店舗だ。


『♪王様のお耳は馬耳東風 貴方の街には馬耳ドラッグ♪』

 聞き慣れた店舗音楽と、多くの客で賑わう店内。

 まずは対策の、処方薬を買ったら。

 市場調査も兼ねて、市販薬売り場をチェック。


 あ、陽傘ひがさ製薬謹製の傷薬、皇廊九・白金オウロウナイン プラチナだ。

 格闘家の間でも「細かいケガはこれ一本」と言われ、評判だそうな。


 実はこれ、アタシが開発した新理論で、バージョンアップさせた薬なんだよねー。

 結構な収入源にもなったし。

 こうして店舗に並んでると「自分が社会貢献している」って、実感が持てるなあ。


 次にIOTの化粧台とリンクしている、タブレットの画面をしてと。

 画面上には、化粧品の減り具合が一覧表示されている。


 さっさっさっ。

 よし、コスメの補充完了。ついでに新作リップげと。

 更に日用品と食品も補給。

 袋が重くて仕方ないけど、帰りは車だし別にいいかな。

 ふらふら。


「わぷっ。ご、ごめんなさい」


 あちゃー。筋肉の塊みたいな男の人にぶつかっちゃった。

 名栗町周辺には気性の荒い野郎が多いし、さっさと謝るに限るぜ。


「あり。瑠奈先輩じゃないすか。薬学者さんでも、こういう場所に来るんすね。」


 その声、聞き覚えがあるぞ。

 見上げると、金色短髪でやや強面なマッチョな、黒いベルテッドコートの男。


「何だサギ君かー。武烈ぶれつ天皇の石像が歩いてると思ったぜー。」

「詐欺言うなし!

 あと武烈天皇って『女性たちを馬と交尾させた』という暴君じゃないっすか。

 つーか、俺の扱い酷すぎじゃないすか?」

「にゃはは。ごめんちゃい。

 弟くんの親友ダチだし、そこまで気を使わなくてもいいかなーって。」


 狭霧恭也さぎりきょうや

 ランクB+ビープラス相当の、超人闘士。

 弟くんの親友で、4月から中3だっけ。

 近年増殖している遺伝性疾患「殴り病」の患者で、かなり暴力的。


 それでも才能のある相手には敬意を払うタイプで、最低限の分別もあるっぽい。

 それが、この街の粗暴男たちとの違いかな。


「こっちの買い物は一通り済んだし、俺は名栗町に帰ろうかなと。」

「うーむ。予想以上に買いすぎちゃったし、アタシも帰ろうかな。

 良ければ、こっちの車に乗ってくかい?ちょっとは荷物持ちしてもらうけど。」

「いいんすか?それはお安い御用です!」


[喧嘩が強くて話の通じそうな相手とは、とりあえず仲良くしておけ]

 これ、格闘都市の処世術だそーな。


 溢れている沢山の暴力は、危害になりうる。

 でも理屈抜きで暴力に対処できるのは、それとは別の暴力で。

 国家同士も、互いの暴力装置(軍備・外交圧力)でにらみ合いをしている訳で。

 その中から自分の「味方」を見つけ出すのが、最も合理的なんだよね。


 外に出て、配車アプリを呼び出すが・・・

「うげ。マジかよおー」


「どしたんすか?」

「アタシの日常利用してる車が、異常が見つかって緊急メンテなんだと。

 他の車を捕まえようにも、値段的にちょっとなー。

 今月は出費がキツイから、ちょっとは節約しないと。

 この荷物抱えたまま、電車に乗るのもしんどいし・・・

(チラッ チラッ)」


「わーかりましたよ。

 歩きも電車も、荷物持ちさせていただきますよ!」

「にゃはは、話が分かる筋肉で良かったよー。

 まあ、予算1000円以内なら軽食くらい出すよ?」


「ゴチになります!

 でも今は、コンビニコーヒーでも1杯500円しますから。

 100年前は約100円だったなんて、信じられませんね」

「まあ、大正8年(206年前)に100円あれば、チョコレートが1000枚は買えたんだよね。

 今じゃチョコ1枚で300円はするけど。原料の豆が、収穫激減なんだって。」


「TVの外国人が

『何を今更。我が国のコーヒーは600円相当。弐翻にほんにも遂に、適正価格が実現しただけだ!』なんて言ってましたね」

「失われた130年で、給料は据え置き。

 物価だけ上がったんじゃ・・・全国にスラム街が拡大しても、そりゃトーゼンだわな。」


 サギ君は、大怪我で拳闘ファイトを退いていた時期から、読書にハマっていたらしい。

 こーいう政治的な雑談もできるし、まあいい友人にはなれそうかなあ。


 そんな会話をしながら歩いて、駅構内の雑踏へと足を踏み入れた。




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