週に1度は本気出す

 警告:【動物実験の描写】

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 衛生管理が行き届き、デスクトップやがひしめく部屋。

 奥の強化ガラスで隔離された小部屋の中では、設置されたフラスコやサイフォンにより、薬用成分の蒸留が行われていた。


 アタシ・ミズ先輩・サム先輩の三人が入室し、実験室内にいた5人と言葉を交わす。

 うち3人は退室し、休息・仮眠に向かうようだ。


(この薬効成分自体は画期的かもだけど。ワセリンなどの添加物との相性は、どこまで良いんだろうね。それで成分が変質したら、商品化もままならないし。)


(既存の傷薬によく使われる添加物とは、既に併せた結果も出ています。ただ外国の論文ですので。日本人に対する治験、国内の動物実験数は、サンプルが少ないですね)


(うーむ。エビデンスレベルが高いメタ解析の前に、プラセボ群とのRCTは欲しいよね。メタ素材の品質が高くなるほど、エビ的には信用されるし。査読班のご機嫌取りよりも、有効性自体を高めないと、人々の為にはならないわけで。)


(ただカネを握っている方々の要望もありますし。科学的真理よりも大人の事情って構図は・・厄介ですよね)


 おっと。研究のひそひそ話をしていたはずが、このままじゃ愚痴大会になっちまうぜ。

 ・・ちなみに、市販のワセリン傷薬は「添加物ワセリン83%、実際の薬効成分は17%未満」というものもある。

 風邪薬の粒も、デンプンを混ぜてデカくしているのが普通だし。

「薬」と言っても、その多くの部分が「薬以外」で作られている。

 まあ「市販薬の効き目はマイルド・処方薬はハード」という棲み分けの結果だよね。


 その後は話を本筋に戻して、5人の役割分担も無事決定。

 アタシは浮遊画面に囲まれた、大きなデスクトップの前に陣取り、実験経過を頭に叩き込む。


 時は2126年、無線通信全盛の時代。

 家に置いてきたスマホやタブレットの画面は、腕に埋め込まれた生体チップをタップすれば、即座にし、浮遊させて操作できる。

 電子機器を持ち歩かなくて済むのは大きいが、カメラや録音などの一部機能は使えないので注意。


 それでも有線通信は、無線よりも速度に勝る。

 このデスクトップからは有線が何本も伸び、かなりゴタゴタした印象。

 入力反応速度も、この物理キーボードが一番速いしね。


 ・・深呼吸をして、集中する。

 あらゆる雑音が消え去る。

 画面上の情報は、視覚を通る前に

 キーを叩く指は、動く。

 前頭前野に潜む0.5ーー生まれついた奇形の器官・補助脳サポートブレインが過失をフィードバックし、次の動作に活かす。


 そうして時間とともに集中力は高まり、ミスも減り。

 画面上やガラス部屋の、細やかな変化さえ見逃さない。

 アタシは自我を失い、生体スーパーコンピュータ・となり果てるのだーー


 

 ★関屋瑞穂せきや みずほView★

 ああ、いつ見てもウットリしちゃうわね。

 人間よりも真剣な横顔、全く無駄のない動き。


 瑠奈さんの超人能力〈極限集中〉。

 その代償は〈身体成長の停止〉。

 天才と呼ばれる人々が、太古から宿してきた能力。

 もうは休止しているのに、お腹がキュンキュンしちゃうじゃないの。


 富岳のようなスパコンは、一つ一つの部品を超高負荷オーバースペックで動かすので、故障が多いしエネルギーの消耗も激しい。

 人間スパコンの彼女も、栄養の大部分を1.5に集中させることで、その力を発揮している。


 発動中の集中力の凄まじさ。

(無関係な)周囲で何が起きても、

 ・・生存本能も、己の身体の異常さえも、無視してしまえる程に。


 だから自力で水分補給が出来ず、脱水症状で倒れたり。

 尿瓶を使うことも出来ず、オムツに頼ったり。


 データを打ち込みながら、排泄もしているのかしら。

 彼女のオムツの中が気になる私も、立派なHENTAIよね。

 中学〜高校の愛欲びっち四天王時代は、性別問わず美味しくを繰り返して・・。


 ーーあ。眼の前のモニターに変化が。

 いけない、私は更生を誓ったのだから。

 この研究を、まずは成功させないとね。



 ★雨宮瑠奈あまみや るなView★

 そうして2日間は、同じような感じで過ぎ去った。

 アタシが〈能力〉の使いすぎで倒れそうになっても、ミズ・サム先輩たちが助けてくれた。


 大学敷地からは出ずに、研究棟・仮宿泊棟・敷地内の購買&コンビニなどで、日常サイクルを回していった。


「フニャア。(バタバタ・・・)」


 で、3日目は動物実験の日。

 小学生の年齢からやってる事とはいえ、未だにちょっと辛い。


 心を、〈能力〉に頼らずに無にして。

 マウスや仔猫、兎などを押さえつけて。

 彼らは怪しい気配を察するも、もう抵抗する気力さえ残っておらず。

 力なくバタバタする仔猫に、新薬を注射してデータを採る。


 沢山の動物の命が、エビデンスの霊峰・メタ解析へと収斂されていく。

 手のひらに伝わる力なき脈動、薄れていく温もり。

 殺められる為に産まれてきて、外の世界を知ることもなく。


 ・・でも、アタシがマンションを借りているお金は。

 彼ら数多の屍によって築かれた、貴血責務ノーブレス・オブリージュによって、もたらされたもので。

 薬学で飯を食う以上、その咎は、清濁ごと飲み込むべきなのだ。


 頭で分かっていても、後から凹むけどね。

 だからこの実験は、主に休日の前にする。

 翌日の午前中は、誰にも会いたくない気分になるから。


 ☆

 そうして3日目の夕方、久方ぶりの家路につく。

 今回はレベル5自動運転車で、自宅まで一直線だ。

 道端では相変わらず、格闘家達が命のやり取りをしていて。

 その動画配信や産業関連図によって、経済が回されて。


 社会の土台は、斃れた命こそが作ってきたのかも。

 チェスタトン流「死者の民主主義」の、最も誤った解釈だね、こりゃ。


 ・・・あ。

 スマホには、からの返信が来ている。

 明日の夕方以降だね、了解しました・・っと。


 今日は早く寝て。

 翌日の昼には食欲が戻るだろうから、たくさん食べて栄養を摂らなくちゃね。

 その食物もまた「命をいただきます」だけど。

 もう、深くは考えたくない気分だ。

 人間の日常生活とは、案外残酷なものだよね。


「やっと帰ってこれたー。

 らいむ君ただいま。お風呂と歯磨きしたら、すぐに寝るから。」


『ご主人さま、3日間お疲れ様です。

 その・・お風呂湧いてますから・・』


 顔に出ちゃってたか。

 執事に気を使わせるなんて、主人としては落第かな。

 そう思いながら、疲労で泥のように眠りこけていった。

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