お前たちに聖域はない

 ーーそうこうしている内に茜色の時は過ぎ、星の帳が下りる。

 今宵は雲も少なく、40階の透き通った大窓からは、満天に近い星空が見える。


 連中は片付けの済んだテーブルに集まり、壁の方を向いている。

 ちんまい白衣女がVRゴーグルのようなものを着用して、壁に近づく。


「ポチっとな」


 左手首の少し下、生体チップが埋め込まれた箇所をタップすると、そこから50インチTV(112×71cm)サイズの画面がされ、プロジェクターのように壁に投影された。

 その画面は明るい部屋でも鮮明に見え、立体感もある。褐色ポニテ女が言う。


「よし、この部屋の全景地図が出てきたね。じゃあ、夜戦の部の会議をしよっか!」

「「「はーーい!!」」」「は、は〜い」


 ・・男の娘よ、声が小さいぞ。

 ま、気持ちは分かるが。

 あれだけ昼に暴れておいて、まだ足りないのか。観光そっちのけで、いつもと同じ調子だもんなあ。


 浮遊するカーソル(立体映像)で部屋の各部が示されながら、話し合いが始まる。

 遊戯候補の場所選びや、ペットシーツなどの汚れ対策手段の確認。部屋に焚くアロマの種類。間接照明の使い方、全部終わった後の掃除の仕方などが、テキパキと決まっていく。


 やはり天才系が3人もいると早いな。

 ・・その動機は、若すぎるリビドーだが。

 脳みその無駄遣い、ここに極まれり。


「防音技術も最新鋭だし、いくら叫んでもオッケーだよ!

 お互いに鳴いて喘いで、気分を盛り上げあってゆきましょー♪

 ああ、想像しただけでキュンしちゃう♡」


 ゆるふわ女が、頬に両手を当てくねくねする。このHENTAIぶりこそが、作家性の証なのかねえ?


「・・お、40分未満で決まったな。

 よし、各人部屋に散って準備だ!」

「あ、あの、まだちょっと倦怠感が・・(ガボッ)むぐぐ・・ごくごく・・」


「白先輩の特製ドリンクだ。

 アロマとの相乗効果も相まって、連戦も継戦もバッチリだぜ!」

「ごほごほっ・・ひ、酷い。何か副作用があったら・・

 うう、体が熱くなってきた・・」


 男連中二人のやりとり。

 そして5人は、2人組と3人組に分かれて軽く打ち合わせ。

 部屋に散って、ベッドや遊戯場所の調整を行う。


「適度な休憩や水分だけは忘れずに。メンバー入れ替えスワップは合意の下でね。

 じゃあ、もう言葉は要らないよね♪」


 蛍光灯は落とされ、間接照明の柔らかい光に。

 点火して程なく、ジャスミン・アブソリュートの芳香が満ちて。

 天塔の頂きは、狂乱の夜へと落ちていく。

 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


「ね、助手くん、こっちこっち、早くイこうよー♪」


「先生、そんなに手を引っ張らなくても

 ・・・おお、スゲー眺めですね!」


 遮音物の無い40階。

 窓に近づくと微かな風切りの音や、遠くを走る車の音が聞こえる。


「この全面張りの大窓から、煌めく星空も、眠らぬ夜景も二人占めだよ。この高揚感を今すぐ、筆に乗せたいくらいだよ。

 ・・ね、絶景を焼き付けながら、一緒に溺れちゃお♪」


 バスローブを脱ぎ去った肢体が、星明かりと間接照明に照らされて浮かび上がる。

 その妖しく誘うかんばせ、瞳に宿った光は、しっとりした情欲を湛えていた。


「いいんすか。先生、相変わらず誘い上手ですね・・・んむっ!れるっ・・」


 舌。絡まる水音。指先。

 知り尽くした弱点。突起。

 吐息と、誤魔化すような吸い着き。

 濁った蜜。火照りの色。交差する体温。

 落ちる水滴。窓に手を付き、腰を落とし、

 後ろ向きのままで揺らされた白桃。

 槍と、潤いを帯びた花。

 隙間なくぴたりと重なる影。


「あふ・・・言葉にならないよぉ。こんな事じゃ、モノカキ失か・・くぅん!!」


 2枚のバスローブが、撲殺されたアルパカの如くうち捨てられて。

 磨き上げられた窓の透明は、吐息と指紋で汚され。

 夜景の光も、散らされた水滴に滲んでいく。


 一方、ベッドの上の3人も似たような感じで、縫い付けられた合成獣キメラのように深く絡まり、歪み、うごめきあう。

 漏れ聞こえる音は、粘性の雫と打擲ちょうちゃくの如し。


 ・・観測を打ち切った俺は、こっそりと壁を抜け出し、緩やかな速度で垂直上昇。

 高度を上げて、夜の明かりも都会の音も、連中の湿った匂いも表情も、置き去りにして飛んでいく。

 凍える程に冷たく澄んだ空気も、霊体と音速で強引に突っ切っていく。


 雲海を突き破り、方向転換。

 ひときわ輝く星座・冬のダイヤモンドへと進路を取る。

 今の季節なら、大犬のあぎとが目印。

 天狼シリウスの星の間隙に、天地あめつちを分けし、高天原への門がある。


 国破れて山河あり。皇室滅びて星霜あり。

 天皇とは、神話から連なる「神々の子孫」。

 その祭祀と祈りは、神々と地上を繋ぎ。

 ご公務とお言葉で、君民一体の紐帯を、永く紡ぎ続けた存在だった。


 皇室を守りきれなかった、下界の民への悲嘆は、高天原にも少なくない影響を与えた。

 そしてこの国は、一君万民の国体が砕け散り、ルンペンのように摩耗しながら、賑わうこと無き竈門かまどに耐えて、命脈を繋いでいる。


 ーーいよいよ星の海に漂う門が、俺の両翼をお出迎えだ。

 さあ、存分に語ろう。


 希望の消えた国で、砕けた未来の欠片を探し、現実を見据えて駆ける若者たちの。

 才気煥発でも泥臭くて、七曲ななまがりに満ち、紡がれる冒険譚を。


《プロローグ・完》







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