弟くんと、砕かれた過去の断片

 警告:【境界知能への差別描写、胸糞】

 やや文字数多め

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 ★雨宮瑠奈あまみや るなView★

「アタシの左遷先がここだったのは、偶然ではないと思う。

 恩師のうらら先生も、左遷されていた町だからね。

 結構スパルタだったけど。

 アタシが稼ぐ力を鍛えられたのは、先生のおかげだから。


 それでさ、この目で同じ風景を見てみたいんだ。

 一歩でも、先生に近づきたくてさ。」


 アタシはデッキチェアに、横向きで座りながら。

 弟くんに、この街に来た経緯を話し出す。


 黒髪ウルフカットで180㎝の弟くんは、パーカーとだぼついたサーフパンツ姿。

 アンニュイ系のイケメンという感じだが、足の筋肉が肥大化している。


 能力〈脚力強化レッグブースト〉。

 代償〈吃音(発言のときに最初の文字が、ワンテンポ遅れる)〉。

 ランクBの超人闘士だ。


「・・でも姉貴。麗先生は、世間では既に『A級戦犯』扱いされてる。

 俺との直接面識はない人だが、一体どこまで信じたらいいのか・・」


 バンッッ!!


「そうだよ。そこなんだよ。

 最初は『新薬の英雄』と持て囃した連中が。

 結結諾々いいだくだくと、その新薬を服用してきた大衆が。

 薬害騒動が表面化したら。

 一夜にして手のひらを返しやがってよおおおおおっ!!」


 テーブルを叩き、歯を軋ませて。

 慙愧の念が、口を衝いてほとばしった。


「麗先生がそんな事するはず無い。冤罪に決まってるんだ。


 ・・この町に来れば、それを証明できるヒントがあるのかなって。

 それでさ、先生が後で引っ越して移り住んだ『木洩れ日山』が、どうにも怪しそうなんだよ。」


「・・ああ、確か隣県にある大きな山だよな。それで?」

「調べてみたらさ。思ったよりきな臭い話がありそうなんだ。

 身内を巻き込みたくはないから、今は詳しく言えない。


 ひとまず、この街で分かる所まで調べてみるよ。

 何にせよ、まとまった時間が取れる夏休みになったら、新しく動く予定。」

「・・わかった。」


 アタシは、一息ついて下駄零度ゲタレイドをちう〜っと吸う。

 弟くんは、相変わらずの無表情だけど・・・。


「・・そういや姉貴。

 昔、五月雨さみだれ研究所で働いていたときに、凄いケガをしたって聞いた。

 後から知ったんだ。見舞いにも行けなくてゴメン。

 俺の方も、簡単には町から出れないから・・・」


 ああ、あのか。

 月夜の幻影。運命の気紛れ。

 アタシの体に、を残した事件。


 いくら身内でも、詳しく話したくはない。

 スルーして、こちらから質問で返すか。


「気にしないで。

 あの時のアタシは、本当に嫌なことや苦しいことが連鎖し続けて。

 誰にも会いたくないくらいに沈んで、餓死者のような顔になってたし。

 いくら弟くんでも、そんなのは見せられないよ・・」


「姉貴・・」


 弟くん、無表情だけど少ししょげてるのが分かる。

 アタシの力になれなかった事を、悔やんでるような。


 でもさ、姉としてのささやかなプライドも、少しは忖度して欲しいかなあ。

 年上で、一応は社会人でもあるアタシが。

 悲惨な目に遭い続けた弟を守りたいと願うのは、きっと自然なことだよね?


「それよりも!弟くんの方だよ!

 まさか、アタシが海外留学している間に、家を追放されていただなんて!

 それで、ちーちゃんの実家・・つりがね流道場に、寄宿することになったんだよね。」


「・・そうか。その辺の事、そこまで詳しくは話してなかったか。」

 弟くんは、ぽつぽつと語り始める・・・


 ☆

 ウチの家系は、いわゆるエリート一家ってやつ。

 両親と、兄(次男)とアタシ(長女)と、弟くん(次男)の5人。

 しかも、通いの使用人までいた。


 首都・統京とうきょうの郊外、埋め立て地の上。

 男尊女卑が色濃く残る町・伊蘇銀いそぎん街にある、大きさそこそこで洗練されたデザインの家に住んでいた。


 まあとにかく、勉強に厳しい家だったね。

『博学才穎さいえいの気質なからずんば、人に非ず』が標語だった。


 兄は「効率的だ」が口癖で成績優秀。

 今は、医科大学院生だった・・かな。

 長らく家に帰ってないから分かんないや。


 アタシは、成績はブッチギリだった上に飛び級までしていたけど。

 あの頃は人と話すのが超苦手だったし、鈍くさい所があって。

 男尊女卑の家庭で「女だから」という理由もあって。

 風当たりが強かったなあ。


 父(製品開発部長、一流研究者)の叱責や「教育的指導」は言わずもがな。

 母は、そんな父に追従するだけ。

 母も一流大の準教授なんだけど、父には逆らえなかったみたい。


『我が家系で、境界知能とは何事か。

 やれやれ、貴様はリコール対象の失敗作に過ぎないな!』


 一番悲惨だったのは、やっぱり有人ーー弟くんの処遇だ。

 知的障害と平均知能の間にあるのが、境界知能。

 釣鐘曲線ベルカーブにおけるIQ70〜84。

 約7人に1人くらい。

「学校の勉強がとにかく苦手」という人も多い。


 弟くんは、確かに勉強ができなかった。

 それでも運動は出来た。

 足が速く、喧嘩も強かったので、学校でも一目置かれた。

 家事の腕を鍛えて、家庭に貢献しようともした。

 ーーそれでも。


『むぐむぐ。ごきゅん。

 !弟くんの作ったオムライス、おいひーよ!』

『・・姉さん。ありがとう・・』


『あ、お父さん。

 弟くん、スゴイでしょ・・食べてみt』


 ガシャン!!


『ああ、弟くんのりょーりが、バラバラのコナゴナだよお。

 お父さん、ヒド・・』


『愚昧な!

 貴様らがままごと遊びをしているせいで、シェフが台所に入れぬだろうが!

 ガキの分際で、プロの仕事を奪うな!!


 全く。暗愚な知恵足らずが、余計な手間を。

 片付けろ!それが済んだら、二度と厨房を犯すな!!』


 ズカズカと去る父。

 弟くんは無表情だけど、何かやりきれない目をしていたと思う。

 そして、頻繁に起きていたこと。


『何度言っても分からんなら、体に教えるしかあるまい。

 苦痛一色に、その意識を塗りつぶしてくれよう!』


 バジバジバジィィイッ!!


『んう〜〜ーーッ!!!』


 テイザー銃による虐待。

 時々、かばって間に入ったアタシも標的にされた。


 アタシの髪の毛の下の皮膚には、まだ痣が残っているんだ。

 まあ、セミロングヘアを維持すれば、まず見えない場所だけどね。

 弟くんはあまり喋らないけれど、きっとアタシ以上に辛かっただろうね。


 そしてアタシは11歳の時、海外の大学からスカウトされて、留学に旅立った。

 あの地獄の家から、一時的にでも逃げられる!と喜んだ。


 ・・でも、弟くんは取り残された。

 そして無慈悲な歯車が、運命の日を刻むーー

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