閑章A 弟くんは、とんでもない女を拾ったようです

残党カノジョ。ー愛欲四天王ー

 警告:【下ネタトーク多め】

 ==========


 個室料亭「鉄ーKUROGANEー」。

 頑健な重金属ヘビーメタルを想起させる外観。

 名栗なぐり町らしくリーズナブルな価格設定で、防音も効いていて。

 秘密会議にはもってこいの場所だよね。


 ーー苦悶や悲鳴さえも、さして響かないだろう。


 そしてアタシは今。

 剣呑な顔で、一匹の女狐と対峙している。


『ギギギッ!!オ待タセシマシタ。

 神社永流ジンジャエイルとジャスミンティー。

 大盛シュリンプ&チップス、シェア獅子シーサーサラダ二ナリマス。

 ゴ注文ハ全テオ揃イデセウカ?』


「ん!(ゴゴゴゴゴ・・・)」


 あ。型落ちの配膳ウエイターロボが『ビクッ!』と震えた気が。

 敵意のオーラが出ちゃってたか、反省。

 が出ていった後、視線を戻して正面を見据える。


 まず、目を引くのは流麗な黒髪だろう。

 アタシと同じセミロングでありながら、艷やかな光沢を放つ。

 前髪から伸びた房は、それぞれ赤と金の細いメッシュで染めている。


 無表情ながら整った目鼻立ち、シャドウやリップを上手く活かしたメイク。

 ちくしょー。アタシの平面顔より、よっぽど顔面偏差値が高いじゃん。

 ネッカチーフ付きの厚手ブラウスに銀のブレスレット、チェック柄のスカートに黒タイツ。

 オシャレなコーデはアタシへの礼節か、マウントか。


 女子力の差に圧倒されている場合じゃない。

 アタシは弟くんの為に、女狐から真意を問いただすんだ。


 柊美里ひいらぎ みさと、18歳。

 弟くんと、3ヶ月前から付き合い始めたカノジョ。

 そして、先日の名栗高校卒業式と共に解散した、あるグループの一員でもあった。



 ーーその名は、愛欲びっち四天王。


 ☆

 弟くんとナイトプールで話した日の深夜。

 アタシは、複数のディスプレイで情報収集に励んでいた。

 足元には蒼雄牛ブルーブル没箱ボツクス、睡眠撃破など。

 作業用ドリンクの残骸が大量に転がっている。


 柊美里の噂話や実話を中心に、電子スクラップ帳に貼っていく。

 余りにも酷い情報が出てくるわ出てくるわ。

 弟くんの恋人がこんな奴とか・・飲まなきゃやってられねーんだよベラボウがあ!!


 ーー対話の最終盤。

 どうしても気になってしまったアタシは。

 弟くんから、初カノの情報を聞き出した。


 だって心配だもん。

 弟くんは今まで、境界知能で対話が不得手だったのを、悪人どもに付け込まれ、利用されてきたんだから。


 そのアマが、名栗高校の愛欲びっち四天王の一角で。

 パパ活ウリで何人もの男と寝てきたらしいなんて噂が、複数の筋から出てきたんじゃ。

 また弟くんが利用されかねないとか、ポイ捨てされるかもとか思っても、仕方ないじゃんよ!


 アタシは、確かに弟くんが大切だ。

 あの頃は、頼れる存在がお互いだけだったし、ある種の依存関係だったのは否定できない。

 とはいえ、それは恋愛感情ではないと思う。


 弟くんの恋人が、境界知能にも一定の理解がある真人間なら。

 ちょっと寂しいけど、お祝いできたさ。


 ただし。

 裏切る確率の高そうな女狐、テメーは駄目だ。

 弟くんは顔に出さないけど。

 悪党に騙されたと知った後は、相当応えていたと思う。


 今は過保護でもいい。

 これは姉として、数多の傷創を刻まれた弟の、幸福を願っての行動だから。

 そう決意したアタシは、料亭に奴を呼び出すことにした。


 ☆

「全く。名栗町このまちはただでさえ治安が悪いから。

 名栗高校を卒業したら、距離を置けると思ったのに。

 せめて、戸鳴となり町の店に呼び出しなさいよ・・」


 冷茶を三分の一ほど飲んだ女狐は、無表情に不機嫌オーラを乗せながら続ける。

 一見ダウナーそうに見えて、かなり張りのある声だな。


「まあ、呼び出された理由は予想ついてるわ。

 私の過去を調べた上で『弟と別れろ』と言いたいんでしょ?」


 いきなり喧嘩腰だな。

 まあ、アタシも猜疑心を隠してないし・・これは舌戦ばとるを前提にして進めるしか無いか。


「まあ『すぐ別れろ』とまでは言わないよ。

 そうしたら弟くんは、精神的にキツイだろうし。

 たださ、アタシは心配なんだよ。

 弟くんの抱える心の問題とか、過去にあったことは知ってる?」


「もちろん知ってるわ。

 付き合う前に、お互いのは、簡単に伝えあってるわ。

 嘘だと思うなら、有人あるとに確認して。」


 へえ、意外と考えてるんだねえ。

 互いの全てを暴き尽くせ・・までは、やり過ぎだけど。

 付き合っている時に、相方の『過去の悪い噂』を他者から聞くこともあるし。

 地雷をある程度撤去しておけば、お互いに納得して付き合えるし、フェアなやり方だと思う。


 ・・アタシもまだ15歳なのに、人に言えない秘密を抱えすぎちゃってるよ。

 逆に相手に詰められたら、ちょっと苦しい展開になるだろうな。


「馴れ初めとかは、弟くんに聞いてるけど。

 齟齬があったら困るし、ここでもう一度聞く事もあるかな。

 まずさ。

 愛欲びっち四天王として、男と何度も寝てきたのは、本当なんだよね?」


 女狐は無表情のまま、眉間にシワを寄せた。

 弟くん以上に表情が変わらないなあ。

 無表情カップルどうし、皮肉にも似合っているかも?

 ・・・いやいや、まだ警戒を緩める時じゃないぞ。


「はあ・・私が言うのも何だけど、単刀直入でデリカシーゼロの質問ねえ。

 まあ、事情をすっ飛ばして結果だけで言うなら、男性経験はそこそこよ。


 あと、四天王のうち三人は、私より前に卒業・退学してるから。

 私は四天王の残党にして、最弱に過ぎないのよ。

 しかも、自分の意志でチームに入ったわけじゃないし。」


「いや、少なくとも自主的には、チームを抜けられなかったんでしょ?

 結果論としては、君が愛欲少女びっちがーるとして活動してたのは、事実だよね?


 ・・・アタシは怖いんだよ。

 君がカラダの疼きを持て余して、他の人と寝て。

 結果的に弟くんを裏切っちゃうことがさ。」


 バンッッ!!!


 ヒラ子(柊をもじったあだ名)がテーブルを叩き、食器がガシャンと揺れ、内容物が一部飛び散った。


「・・あのさ。私が『せっくす依存症』か何かだと勘違いしてるでしょう。

 仕方ないわ。私の過去を絡めた、有人との馴れ初めを語ってあげる。

 それを聞いてから判断してよ。


(ボソッ)好き好んで、インラン女になったわけじゃないんだから・・・」


 どうも何かありそうだな。

 一旦ボールを向こうに投げて、それを聞いてから対策を考えるか。


 ーー場合によっては、無理やり別れさせる事も視野に入れよう。

 アタシはポッケに手を入れ、秘密裏に持ち込んだの包装を撫でた。

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