その神は「政教分離」を知らない。

 ドカバキうるせー河川敷を抜け、高校へ通じる大通りへ。

 車道が狭く、歩道スペースがかなり広く取られた道には、昔ながらの石造りをした、大きな用水路が通っている。

 道脇の空きスペースには一定の間隔で、芸術家による石像群が点在する。


 ここから少し丘を上がれば、名栗高校に到着するが、その途中の道で。



 ーー武神・建御雷たけみかずちが、鎮座していた。


 そのは褐色で鍛え上げられ、引き締まった肉体。

 武人のようなポニーテールに、強気だが愛嬌も残したツリ目。

 地面に突き立った、巨大な太刀のは、大国主おおくにぬしの神話を彷彿とさせる。


 の制服、「鋼巽はがね たつみ」と書かれたタスキ。

 そして小さなトラメガを口元に当て、泡を飛ばしている。


『ーーーやはりこの国の強みは、娯楽産業と超人軍団にあります!

 格闘都市のエンタメ化も、安全対策も、医療技術の振興も!動画アクセスの簡便さも!

 鋼巽の率いる拳政党けんせいとうが最前衛として、旧弊を打ち砕き、貫徹していく所存です!

 格闘都市から、ボロボロになった日本を再生させましょう!!

 鋼巽と拳政党を、これからもよろしくお願いします!!』


 演説が一段落、取り囲む支持者たちからは、拍手が送られている。


 ・・・うわあ。武神が政治演説やってるよ。政教分離はどこに行った?

 よし、気づかないふりをして通り抜けよう。


「あ♪るなちゃん先輩みーっけた!!」


 太刀からひょいと降りた女が、目敏めざとく見つけて駆け寄ってくる。

 んぎゃああ、こっち来んなよおおおお。


「先輩おはようございます!いやー、政治運動員のバイトも、意外と楽じゃないんだねー」

「オハヨウゴザマス。いやーちーちゃん。その割には、時間を問わず活力イッパイじゃんよ。そのバイタリティ、あたしにも分けて欲しいよお。」


 だるそーな目のままで応対する。

 この女こそ、つりがね道場本家の娘にして、国内でも数少ない、現役でS+エスプラスランク以上の超人闘士。

 拳闘と百合せっくすが大好きな俗物、鐘堂千早しょうどうちはやである。

 中学2年生にして運動員のバイトって妙だが、まあだからね。


「そりゃあ体力と元気が、何よりの資本ですから!収入だけなら、いつもの動画配信だけでいいけれど、鋼議員に『この街の為に協力してくれ』って頼まれたから、断りきれなくてさー。」

「あはは、鋼議員の頼みって、断れる人のほうが珍しいよね。

 ・・・所でちーちゃん、スカートであぐらをかくって、ちょっとハシタナくねー?」

「んー?スパッツ履いてるし、別にいーじゃん?」

 両手でスカートをガバっと開けるのを、アタシは慌てて止める。


「だーから、ちょっとは恥じらいを持ちなさいっての!街のみんなから、これ以上好色扱いされたら、政党イメージも悪くなるんだから!!」


「にゃはは、ついクセで。こーするとボクのファンの娘が

『はあはあ、お姉様の生スパッツと細マッチョなおみ足ですぅ♡撫でたい舐めたい匂い嗅ぎたい頬ずりしたいビリビリに破っておしゃぶりの限りを尽くしたいゴールしたい、もうゴールしていいですよね、イっきまーす!!』って、めちゃ懐いてくれるんだよ♪」


「HENTAIじゃねーかよ!!

 HENTAI部下の手綱を握れるくらいには、リーダーは適度に清楚であっておくれよ!!」


 彼女のファンクラブ「芍薬しゃくやく会」は、噂好きの人から「千早専用の百合ヤリサー」と呼ばれていて・・実際、もしているらしい。

 昼の激戦の後は、夜戦で愛欲の解消ってのは分かるけど・・ただれ過ぎてついていけねー。


「あ。他の運動員さんが呼んでる。じゃあまたね先輩!」


 ちーちゃんと別れ、通学路に戻る。

 朝からどっと疲れた。こんな事なら、車にすりゃあ良かったよ。


 ・・・到着。今日の校舎内は、3年生があまり登校していない事もあって、静かな感じだ。個別大学の入試が終わり、2次募集への移行期間だからねえ。


 そんな名栗高校のであるアタシは、生体認証ゲートを抜けて、貸与されたの扉を開ける。古書と薬品棚の匂いが、出迎えをする。


 小型冷蔵庫内の「ナントカ天然水」をくぴっと開けて、一段落。

 こうも物騒な街じゃあ、スリルで喉も渇くってもんよ。

 とはいえ、アタシは院卒の社会人扱いでもあるので、授業を受けるわけではない。


 今日は(大学の非常勤講師としての)バイトの準備をしよう。講義「論文戦線異常あり」の本文・レジュメ・パワーポイント原稿を書いて、出来るなら発表のリハまでしたい。

 ・・これ、バイト前の時間外労働じゃね?まあ給与は良いから、アタシは恵まれてるほうだな。

 有線ケーブル(通信速度は正義じゃすてぃすだぜ)を引いたパソコンや、各種文献の確認をしつつ、いざ開始。


 進めていると、昼になったので学食へ。

 今日はガチ盛りのフライ&唐揚げ定食にすっかなあ。

 ーーアタシも「超人」の一角。、いくら食ってもあまり太らないし、つるぺたチビの子ども体型のままなんだ。空しい。


 完食。おばちゃんが「あらあら、いい食べっぷりねえ」と、また感心していた。

 通りがかる生徒と、テキトーな挨拶を交わしながら、化学室へ戻る。

 食休み中、朝に会ったちーちゃんの事を思い出す。


「色ボケはともかく、気さくで親しみやすいかも。引っ越してくる前に見た動画とは、随分とイメージが違うよね・・」


 その動画とは、18禁暴力・殺戮動画の専門サイトYour Violenceユア・バイオレンスにおける、多額の収益を出したバズ動画。


 物騒な娯楽全般が、この国で大いに流行って。

 罪人の公開処刑映像で、政府が税収を稼ぐようになって。

 国家に処刑人エグゼキューター権限を委託された彼女の。

 人智の及ばぬ強さと残虐さを、全世界クラスで拡散させた動画だ。


 もうここまで来ると「現実と、インフレ系バトル漫画の区別」すらつかない世の中になってしまったと思う。

 ・・・そう、全てはあの時代の。


 から、始まったのかな?



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