第一章 格ゲーみたいな街に住んでる変人たちは、何をしているのか

ここがアタシの左遷先

 ーーあの40階層の狂乱から、約2年ほど遡る。

 ヤリサーメンバーの一人、雨宮瑠奈あまみやるなが、格闘都市「名栗町」へ引っ越したばかりの頃へ。

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 目覚まし時計から発する、1600ルクスの光。

 同時に、そこから香ばしいコーヒーとパンの匂いが漂ってきて、アタシは目を覚ます。

 爆音アラーム式の目覚ましが流行っていたのも、もう100年前の話だったっけ。

 視界にクリーム色の天井が写っても、やっと違和感を感じなくなってきた今日この頃。


『御主人様、おはようございます。まずはをどうぞ。』


 小さな執事ロボが、アタシの口に一粒のビターチョコを入れてくれる。

 それを噛み潰しながら、のそりと体を起こす。


 ロボットの「顔」に当たる大きなモニターに、ショタ系の美男子(生成AIで作られた、アニメ映像)の全身像が写り、穏やかに微笑んでいる。


「おはよう、新鎖あらくさらいむ君。今日の予定を表示してよ」

『かしこまりました!』


 アタシの可愛い執事くんが、に命じて、ホログラムの図表を、壁にプロジェクションさせる。

 そこには「2126年・2月29日」の日付。スケジュール表や天気予報、WEBニュースの見出し、アタシの生理周期予測(けっこう重要)が写っている。


「えーと。今日はバイトが非番だから、名栗高校に行く日だね。

 ・・となるとメイクは簡易型で、履くのは・・お、が履けるじゃん!

 いやー、最近はナプキン(&サニタリーショーツ)か紙オムツの2択だったからなー。

 らいむ君、高校の制服と厚手の白衣、あと一番オキニの下着上下、用意しといてよ!」

『かしこまりました御主人様!コーヒーは、マシンに既に沸かしてありますよ!』

「相変わらずグッジョブだぜ!あらよっと!」


 ピョンとベッドから飛び起きたアタシは、熱湯で温められたコーヒーカップを、簡易エスプレッソマシンに持っていく。

 確かコンビニで買ったサラスパもあったし、これで今日の朝飯は決まりかな。


 ・・朝食後、着替えを終えて化粧台へ。大学や本社ビルには行かないので、メイクもヘアアレも時短で済ませよう。

 引き出しからは櫛と寝癖直しスプレー、化粧水入り洗顔シート、オールインワン型の化粧下地チューブ、粉ファンデ、顔粉、アイブロウ、ペン型アイライナー、チーク、コーラルピンクのリップなどを出す。簡易モードならまあ、この程度でいいか。


 アタシは研究者なので、容姿とは関係のない職業のハズだ。

 ・・・でも「女だから」という理由で、容姿を品評されてしまう。それなりに社会的地位があるので、極端な手抜きも出来ない。またいつかのマスゴミ記者に、隠し撮りとかされたくないんだよなあ。


 そりゃあアタシは平面顔・タレ目・一重まぶた・15歳の今でも極端な子ども体型&低身長(141センチ)だけどさ。努力アピールと見栄くらいは、張らせてくれてもいーじゃん。


「らいむ君、行ってきます。留守番よろ!」

 そして身だしなみを整え、エレベーターに乗り8F→1Fへ。

 8Fならカメムシも入ってこないし、家賃もアタシのポケマネでギリ払えるもんね。

 ・・あ、コンシュルジュのゴリさんが、工具で設備を直してる。器用だもんなーあの


「ゴリさんおはよう、ご精が出ますね!」

『ウホッ!(あら、瑠奈ちゃんおはよう。今日のメイクは決まってるわねえ。今日はバイトかしら?)』

「いえ、高校で講義準備と論文、相談業務ですね。今日はファンデのノリが良いんですよ。やっぱり、久々にちゃんと寝れたのが大きいですねえ。」


 は、巨大ゴリラの頭部(比喩ではない。少なくとも、アタシの目にはそう見える)を持ち、筋骨隆々の2m超。背中には警備用の、巨大な鉄棍を背負っている。

 共用ラウンジやプールの予約管理、備品貸出などを行っている。


『ドンドコドン。(まあ・・研究者さんは大変ねえ。プールやラウンジが使いたい時は、いつでも言ってちょうだいね。無理矢理にでもねじ込んじゃうんだから!)』


 ドラミングのポーズを取るゴリさん(実は性別不詳)に見送られ、タワマンを出る。

 ーービュウッ!!

 外は快晴だが、春は名のみの北風の洗礼が。ブルッときたアタシは、白衣の前を閉める。

 熱にやや弱い薬品とかも持ち歩く以上、カイロも迂闊に使えねーんだよなあ。


 アタシが部屋を借りている、全25Fのタワマン「パノプティコン名栗」は、無骨な鉄柱で固められ、堅牢強固な牢獄という風情だ。治安の悪いこの街には、まあピッタリだよね。


 高校には、健康のためにも歩いて行こう。

 大学は隣町なので、別の日は自動運転レベル5のウババー車(アタシを優先的に乗せてくれる、特別待遇仕様のやつだぜ!)に乗っていくけどねー。


 あちこちひび割れた道、錆びて、LED部も曇った信号機。

 税収が普通に入っていた100年前は、すぐに補修できたらしいけどね。

 ただでさえ、この街ではモノが壊れやすいんだから。

 で稼いだ税収とか、この辺に回して欲しいもんだよ、全く。


 河川敷に近づくと、威勢のいいときの声が聞こえる。この街の風物詩だ。

 ・・むむ。アタシのアホ毛レーダーが、ビビッときたぜえええ。


「よっと」

 頭上に影が見える一瞬前、バックステップで3歩下がる。すると


 ドシャアッッ!!

「びたんきゅう〜〜〜・・」


 筋肉と脂肪で出来た、ランニングシャツとステテコパンツの男が落下して来た。

 アブねー。回避できなかったら「研究者、おっさんに潰されて死亡」とか、明日のウェブニュースに書かれている所だったぜ。


『勝負あり!!勝者、三四郎選手!これでBランク昇格だああ!!』

 実況アナの声と、盛り上がる観客たち。

 また別の周囲では、他の闘士ファイターたちの、殴り合う様子が見える。


 ・・・なあ、信じられるか?

 これがっていう事実を。


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