第28話 駆け込み乗車する幽霊
その幽霊は決まってバスが発車しようとした瞬間に現われる。
ただし、出るのは午前7時45分にF**公園前停留所に停まる便にだけだ。
バス停に並んで待っていた中高生などがみな乗り終わり、運転手が乗車口のドアを閉めるスイッチを入れた瞬間、その幽霊は運転席の斜め前あたりに現われて、バスに向かって走ってくる。
ブレザータイプの制服を着た、日本のどこにでもいそうな女子学生だ。その子がセミロングの黒髪を左右に揺らしながら走ってくるので、運転手は閉めかけたドアを再び開ける。
ドアが再び開いたタイミングで彼女はバスにたどり着き、乗車口のステップに右足をかける。一段、二段、三段。彼女がステップを踏む音はするのだが、彼女の姿はバスの中に現われない。
それっきり女子学生は姿を消してしまう。
それが毎日起こる。
その日、バスは15分以上遅れていた。
3つ手前のバス停の近くであった交通事故のため道が渋滞していたのだ。いつも以上に混み合った車内には、いら立ちが霧のように立ち籠めていた。
そして、F**公園前停留所。いつもの顔ぶれが乗り込むと、いったんドアが閉められた。
その時、ブレザー姿の女子高生が現われ、バスに向かって走ってきた。運転手は小さくため息をついて、ドアを開けた。
それと同時に女子学生はドアにたどり着き、乗車口のステップに足をかける。
一段、二段、三段。
足音はするが、姿は現れない。
運転手はもう一度小さくため息をつき、ドアを閉めるスイッチに指をかけた。その時だった。
「おい、乗るんなら、とっとと乗ってこいよ。毎日毎日ドアを二度開けさせやがって」
乗車口のすぐ横に立っていた会社員らしい30代前半くらいの男が、誰もいない乗車口に向かってそう叫んだ。
男は叫んだだけでは気が済まないらしく、乗車口に顔をつき出してさらに言った。
「こら、出てこい。顔見せろ」
すると、乗車口からブレザーを着た腕がぬっと車内に入ってきて、男の胸ぐらをつかんだ。そして、男を外へ引きずり出した。
運転手は驚いて運転席から飛び出し、道路に降りた。だが、そこには女子学生はもちろん、引きずり出された男もいなかった。
それ以来、駆け込み乗車する幽霊は出なくなったという。
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