第18話 404号病室

 友だちの見舞いに行くことになった。

 担任の先生からプリントなどを渡してくるよう頼まれたのだ。

 彼と友だちになったのは小学3年生の時だから、かれこれ5年になる。その間、彼は一度も病気をしていない。入院する前も、とても元気だった。

 それなのに、もうひと月も退院できていない。彼のお母さんは、彼は具合が悪いわけではなく、ただ検査が長引いているだけだと言うのだが。

 友だちが入院している病院は、町の西のはずれにある。祖母が入院していたこともあるから、場所はよくわかっているし、見舞いの手順も知っている。

 僕は慣れた仕草で病院のロビーを横切り、エレベーターに乗った。だが、降りる階のボタンを押そうとして手が止まった。

 4階を示す4のボタンがないのだ。

 友だちの病室は404号室なので4階のはずだ。なのに、3のボタンの次は5になっている。

 迷っているうちに3人ほど乗り込んできてしまったので、僕は仕方なく3のボタンを押した。

 3階で降りると、クリップボードを見ながら歩いてくる若い女性看護師が目に入った。呼び止めて404号室の場所を聞くと、彼女の顔から血の気がすっと引いていくのがわかった。

「このエレベーターでは404号室には行けないんです」彼女は僕の顔を見ないようにして言った。「ご案内します。ついてきてください」

 若い女性看護師の後についてしばらく行くと、別の棟に続く渡り廊下があった。

 渡り廊下にはガラス張りの扉があって、その前に警備員が立っていた。看護師が「404号室のお客さん」と言うと、警備員は小さくうなずき扉を開けた。

 渡り廊下の先は古めかしい病棟で、廃墟みたいに人の気配がなかった。

 狭い廊下を進んでいくと突き当たりにエレベーターがあった。その横にも警備員がパイプ椅子に座って控えていた。先ほど同じように看護師が「404号室のお客さん」と言うと、彼は僕のことをじろりと見てうなずいた。

 建物以上に古めかしいエレベーターの階数ボタンは、3と4しかなかった。看護師がペンの尻で4のボタンを押すと、這うようにゆっくりと4階に上がっていった。

 4階は3階以上に古びていて、色あせていた。

 404号室はエレベーターの斜め前にあった。看護師は「そこですよ」とだけ言うと、閉まりかけたエレベーターに滑り込んで戻っていった。

 404号室は物置のような部屋だった。実際、大きなダンボール箱がいくつも積まれていて、友だちのベッドは部屋の隅に押し込まれていた。彼はそのベッドで半身を起こして本を読んでいた。

「やあ」

 と声をかけると彼は顔を上げた。ひどく元気そうだった。

「そうなんだ、実に元気なんだ、僕は」と友だちは言った。「何度検査しても悪いところが一つも見つからないんだ」

「それは困ったね」

「うん、困ってる」

 それから30分ほど話をして、僕は病室を出た。

 同じルートで戻ったが、もう警備員はいなくなっていた。警備員だけではない。看護師たちも、ロビーにいっぱいいた患者たちも、みんないなくなっていた。


 友だちが退院したのは、僕が見舞いに行ってから7か月後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る