第11話 奥歯の金属
二十歳の頃の虫歯治療で奥歯に入れた金属が、はずれそうになってしまった。
しかし、困ったことに旅先なので、どこに歯科医院があるのかもわからない。スマホで調べてみると、商店街の先の医院が一番近いようだった。
シャッター街となった商店街を抜けると、武家屋敷風の家が並ぶ地区に出た。さらに5分ほど歩くと、碧い尖り屋根を載せた西洋館が見えてきた。ネットの地図は、そこが歯科医院だと言っていた。
木造の西洋館はかなり古びていたので、今も診療しているのか不安に思えたが、ステンドグラス風のガラスがはめられた木製のドアには「診察中」という札が下がっていたので、入ってみることにした。
ドアの内側はすぐに待合室で、内装が真新しくリフォームされており、まるで新築のクリニックのようだった。壁には巨大なモニターが掛けてあり、森の奥や川の中といった環境映像が流されていた。
受付はどうするのかときょろきょろしていると、奥の小窓が開いて中年の男が顔を出し、「どうしました?」と尋ねた。奥歯の金属がはずれそうだと答えると、男はじろりと見返してから、「じゃあ、中ヘ入って」と言った。
言われるままに小窓の横のドアから診察室に入ってみると、そこは円形の部屋で、中央に診察用の椅子が1脚だけ置かれていた。椅子の周りにはさまざまな機械が並び、まるで実験室のようだった。
小窓から顔を出した男が歯科医だったらしく、その椅子に私が座るなり、口の中に棒状のものを何本も突っ込んできた。そして、周りの機械をカチャカチャと操作すると、「うーん」とうなった。
「あなたの奥歯の金属なんですが、最悪の状態です」と男は言った。「金属を虫歯の穴に長時間詰めたままにしておくと、金属が虫歯菌によって変質し、神経と融合してしまうんですよ。あなたの歯の状態がまさにそれで、かなり深いところまで神経の金属化が進んでいます。その金属を取ると、その神経まで引きずり出すことになります。金属化しているので痛くはないでしょうが、顔面の神経に不具合をきたす可能性がある。それでも取りますか?」
そう言われても、このままでは食事もままならないので取ってもらうことにした。
「じゃあ、いきますよ」
男はそう言って、奥歯の金属をペンチで一気に引き抜いた。
奥歯を何かがぬるぬると抜ける感触があって、次の瞬間、ぷちっ、と音がした。そして、目が見えなくなった。
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