第12話 銅の鏡

 私は鏡を見るのが嫌いだ。憎んでさえいる。こんなことになったのも、小学2年生の時に銅の鏡を見つけてしまったからだ。

 その年の春、父方の祖父母が家を建て直すことになり、私の両親は家の片付けの手伝いに行くことになった。私も連れられていったが、手伝いなどできないので、蔵の中から庭に運び出されたガラクタで遊んでいた。古い節供人形など面白いものがいろいろ出てきて退屈しなかったが、どれも埃だらけで、古びてもろくなっていた。

 しかし、私が振り回しても壊れないものが一つだけあった。

「あらあら、それは卓球のラケットではないわよ」

 私が素振りめいたことをしていると、後ろでその様子を見ていた祖母が笑って言った。

「じゃあ、何なの?」

 私は手にしていた金属製の団扇うちわみたいなものを、祖母に見せて言った。

「それは昔の人の鏡よ」と祖母は言った。「昔の人はね、金属の鏡を使っていたのよ。それは銅製ね。明治くらいのものかしら」

「鏡? でも、何も映らないよ」

 私が鏡面を見つめながらそう言うと、祖母は笑って答えた。

「そうね。金属の鏡は磨かないでいると、汚れや錆で映らなくなっちゃうの。――そうだ。ちょっと待ってて」

 祖母は家の中に戻ると、古いハンカチを持って戻ってきた。

「これで磨いてみるといいわ。よく磨けば、顔が映るようになるわよ」

「本当?」

 私は夢中になって、その鏡を磨いた。たしかに1時間ほど磨いていると、ぼんやりとだが顔が映るようになった。

 それから私は毎日鏡を磨いた。祖母が言った通り、銅鏡は磨けば磨くほど姿をはっきり映すようになった。

 鏡がきれいになると、そこに映る自分もきれいになった気がして嬉しくなった。それで、さらに熱心に鏡を磨くようになった。

 実際、鏡がきれいになるにつれて、私自身もきれいになっていた。友人やその母親たちにも「日に日にきれいになるね」と言われた。

 鏡のお陰できれいになったことは自分だけの秘密にしていたが、一番の仲良しだったレイちゃんだけはこっそり話した。ところが、レイちゃんは隣の席のミカちゃんに話してしまった。そのことで私たちは大ゲンカになった。

「鏡できれいになるなんて嘘だ」

 怒ったレイちゃんは私の銅鏡を取り上げると、床に投げ捨てた。

 ビシッと音がして鏡にヒビが入った。その瞬間、レイちゃんの顔が斜めに切り裂かれ、血が噴き出した。私の顔にも痛みが走り、目の前がまっ赤になった。

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