第4話 桜を怖れる少女

 これは、最近仕事で知り合ったFさんから聞いた話。彼女が昨年体験したという出来事だ。

 イラストレーターのFさんが勤める事務所は小さな川に面していて、その川辺には桜並木がある。季節には見事な花をつけるが、マスコミで取り上げられることがないせいか、花見客など訪れず、花見は地元民だけの特権になっている。

 その日もFさんは昼食を花の下でとろうと、普段は行かない駅とは反対の方角へ向かった。5分ほども歩いた頃、桜並木と対岸をつなぐ小さな橋のたもとで、黒いワンピースを着た7~8歳くらいの女の子が立ちすくんでいるのが、目に入った。

 女の子が今にも泣きそうな顔をしているので、Fさんは「どうしたの?」と声をかけた。すると、女の子は、「お花が恐いの」と答えた。

「お花? 桜のこと? なんで恐いの?」

 Fさんがそう尋ねると、女の子はこう答えた。

「お花の向こうに行くと、恐ろしいことが起こるの」

 女の子の言葉にFさんは「桜の樹の下には屍体が埋まっている」という昔の作家の言葉を思い出したが、この少女がそんな話を知っているわけはない。テレビで恐い話を見たのだろうと考えたFさんは、桜の下をくぐってみせて、「何も恐いものなんてないよ」と言った。

 しかし、女の子は怯えるばかりで動こうとしない。そこでFさんは女の子の手を握り、「じゃあ、お姉さんと一緒にくぐろう」とささやいた。

 それでも嫌がる女の子を半ば強引に引っ張って、Fさんは桜の下を通った。

「ほら、なにもないでしょう?」

 そう言った瞬間だった。黒いワゴン車が猛スピードで二人のところに突っ込んできたのは。

 ――

 そっと目を開くと、黒いワゴン車も女の子も消えていた。

「あれは何だったんだろう?」

 そう思ってFさんがあたりを見回すと、橋のたもとの桜の木の下にぽつんと立った小さな石地蔵が、Fさんを白い目で見つめていた。

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