(17)そして

 そして土曜日。


 私とお姉さんは、江ノ島水族館近くのカフェで軽食をとっていた。


「まさかあんなんでアガるなんて。さすが私の……過去って感じ」

「言われなかったら、知らなかったですよ」

「そこはね、フェアにいかないとね」


 麻雀のルールとして、役がないとアガれないというものがある。ドラはたくさんあるのに、役がない。そんなことが割とあるらしい。


 私も見事、そんな目にあっていて、本当はお姉さんが一番最後に捨てた牌(キャラメルを、牌というらしい)が当たりだったのに、残念ながらゲームセットと諦めていたら、横からのぞいたマー君が目をまんまるにした。


「それ、アガってるって!」


 そういうわけで、私とお姉さんは今ここにいる。


「麻雀って、中国の人が考えたゲームですよね」

「たぶん、そう」

「その人たちって、お祭り好きですね。最後の一つが当たりだったり、最初から絵柄が揃っていたり、全部2個ずつ持ってるってだけでも、騒いだり喜んだり。些細なことで一喜一憂しすぎじゃないですか?」


「いいじゃん、些細なことで。それで一喜一憂できるなら。同じアホなら喜ばなきゃソンソン」


 窓の外の道路では、すでに花火大会に向けた屋台の準備が進んでいた。行き交う人の顔はどれも、楽しい予感に頬を緩ませている。


「お姉さんは喜ぶどころか、損してますけど」

「いいのいいの。ちょうど損したいところだったから」

「なんですか、それ」


 すっかり冷めたコーヒーに口をつけて、苦いなって思いながら、ソーサーの上に戻す。かちゃり、と甲高い音が鳴って、茶色い水面が小さく揺れた。


 それ以外、なにも見えなくなる。


 ポケットの中身を取り出して、テーブルに置いた。


「持っていてくれたんだ」


 ピンクのクラゲのぬいぐるみを見て、お姉さんがうれしそうな声を出した。


「好きなんですか、クラゲ」

「好きだよ。君にも好きになってほしい」

「私より?」


 空気が固く、重く、黒く、ぴたりと私たちをなかに閉じ込めて、止まった。


「……好き、だったよ」


 それは、ダメだ。


「今も好きって、言わなきゃですよ」

「そうかな。そうかもね。でも、この話は、全部終わってからにしようか」

「また逃げるんですか?」

「そうじゃなくて、ううん、そうかもしれないけれど。ちゃんと話したいことがあるんだ」


 顔をあげる。お母さんはやっぱり、儚くて透明で、今にも消えてなくなりそうな顔をしていた。

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