(14)ポテトは一旦置いたよ、確か
「わかった。まず私が予告状を鶴岡八幡宮の銀杏に貼り付けるでしょ?」
「予告状なんていらないし、なんで鎌倉なの?」
「そしたら俺が単車にショットガンで予告状どおりに現れるから」
「いいねいいね、舘ひろしスタイルだね」
「だから目立つ必要がないし、ショットガンなんて持ってたら大事になるじゃん」
「よしよし、IQ300のお姉さんは予告状の暗号を考えちゃうよ。ええとええと、狸とこけしの絵で」
「そんなの小学生でも解けるし、そもそもなんでみんな予告状作りたがるの!」
「あーもう、まとまらない! ちょっとドベ2人!」
「はいっ!」
「なに」
「作戦が決まらないのはお腹が空いているからだと思うの。ということで、罰ゲーム」
「お金はお姉さんが出すから、買い出しよろしく〜」
そんないざこざを経て、何の因果かマー君と2人、夕暮れどきの江ノ島を歩いている。
夏とはいえ、この時間になると風は冷たさをはらむ。人混みは昼間よりもまばらになったが、それでも平時よりは多いほうだ。みんな、山のてっぺんから日が沈む様子を眺めに行くのだろう。
夏の夜はまだまだこれから、と言わんばかりに、すれ違う人たちの顔は活気と期待に満ちている。
そんなわけないのに。
楽しい日は、楽しい時間は。
意外と早く終わるんだ。
両手に引っさげたビニール袋の紐が手のひらに食い込む。痛みを和らげようと持ち方を工夫していたら、横から袋ごとマー君にとられた。
「なんのつもりですか」
「重そうだったから」
「私は平気です」
「まあまあ。ここは年上を頼って頼って」
飄々と私をあしらうマー君は、イメージどおりの大学生という感じだ。軽くて、どこかこなれていて、クラスの男子と同じかそれ以上に馬鹿っぽいのに、なんとなく頼れそうな気がする。
「どうして、朝日に麻雀を教えたんですか」
「教えて、っていわれたから」
意外だった。朝日、ギャンブルとかゲーム、興味なかったのに。
「ほかにも、いろいろ教えてっていわれる」
「いろいろ……って」
「大丈夫。夕ちゃんが心配しているようなのは、ないよ。大学生の1日とか、アルバイトとか、飲み会とか。あの人は、俺より『大学生』ってのに、興味があるらしい」
「はい?」
そんな話。聞いたことなかった。
朝日とお姉さんが待っている古民家に続く、長い長い石段を登る。マー君は少し汗をかいている。やっぱり持ちますよ、といったが、首を横に振られた。
「なんだかさ、俺を通して予習してるみたいで。だから、全部勉強し終わったら、そのうちフラれるんじゃないかって。今までそういうことあったのか、夕ちゃんに聞いてみたかったんだ。朝日、夕ちゃんのことはよく話してくれるから」
「知りません」
恋バナは、2人でよくした。といっても、野球部の誰がかっこいいだとか、公民の先生がダンディだとか、昨日のドラマの俳優が素敵だとかを朝日が一方的に話すだけで、私から話題を振ったことはない。
「昔からよく告白されてはいましたけど、最初以外、全部断ってたみたいだから」
一度だけ、1年生の頃に同級生と付き合って、「もう学校の男子はいいかな」と言い放っていたのを覚えている。そのあとは、宣言どおり来る人来る人、けんもほろろに追い返していた。
「なんか、実績を解除してるみたいだね」
「実績?」
「ゲームでよくあるんだよ。この敵を倒したら実績解除、このステージをクリアしたら解除、隠しアイテムをゲットしたら解除、って。朝日も、人生の実績を解除しているみたいだ。あれ、全部コンプリートしなきゃ、って気持ちになるんだよ」
「そんなことないと思いますけど」
私から見た朝日は、そんな使命感に駆られているような子じゃない。
いつも全力で楽しんで、影のない笑顔を向けてくれて、どんなときでもそばにいてくれる。
だから私は、朝日が好きだ。
1人だと立ち止まってしまう私を、いつも光輝く方へ、連れ出してくれる朝日が。
「夕ちゃんには、素なのかもね」
「当然です。幼なじみですから」
ははっ、とマー君が乾いた笑いで返した。
「俺、結構本気なんだけどね。朝日から聞いてる? 俺から告白したって話」
「バイト先の、ファミレスでしたっけ?」
「自分から言い出してなんだけど、やっぱ恥ずかしいな。この話題はやめようか」
「勤務中にもかかわらず、持ってきたポテトを持ちながら跪いて愛の言葉を」
「結構脚色されてるな。ポテトは一旦置いたよ、確か」
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