(9)ウミガメ4号ですっ
「どもー、ウミガメ4号ですっ」
「来栖常彦。夕の父です」
どうしてこうなった。
昨夜、朝日にいい作戦があること、でもそれはウミガメ3号が思いついたこと、なのでメンバーが増えたことを伝えた。
送ったメッセージはすぐに既読がついて、次の土曜日にウミガメ3号に会いに行くことになった。
お姉さんの連絡先は、なんとなしに手元で遊ばせていたピンクのクラゲ人形が持っていた。最初、値札のタグかと思ったそれはQRコードで、その宛先にメッセを送って、既読がついたあとすぐに友達登録を解除した。
連絡先を知っていては、いけない気がした。
それなのに。
Miya。ちらりと見えた登録名が頭から離れない。
父に江ノ島駅まで送ってもらう最中、何度も確認しようとして、結局言い出せなかった。
お母さんは、美夜子って名前だったよね。
そんな私の悩みは朝日によって、鮮やかに軽やかに塗りつぶされたのだった。
「今日は、朝日さんと2人と聞いていたが」
父は笑みを崩さない。崩さないが、少し引き攣ってる。
「ごめん、私もそうだと思ってた。朝日、なんで、ええと」
「マー君? 来たいっていうから。私も本当はどうかなーって迷ったんだけどさ、夕も3号を加入させてたしいいかなって」
そうだ。マサトでマー君と呼んでるんだっけ。
「というか、3号って夕のパパ?」
「それはアツいな!」
朝日とマー君が父をまじまじと眺める。2人からしたら、とんだ堅物に映っているだろう。実際は気が弱いから真面目に振る舞っている、優しい人だ。
「マー君、さん。娘がいつもお世話になっているようで」
「違う違う。私、初対面。マー君は朝日の彼氏」
「そっす! お付き合いさせてもらってます!」
マー君が風を切る勢いでお辞儀した。もともと、高校球児だったらしい。
父は少し安心したようで、肩の力を抜いて私を車に引き寄せた。
「別に、夕に彼氏がいてもいいんだが」絶対良くない、って顔をしている。「もしいたら、早めに言ってくれると、助かる」
「いないから、安心して」
「だけどな……」
「つくるつもりもないから」
父は小さくため息をついた。緊張と変な驚きで、見たことないくらい汗をかいている。
「僕には言いづらいかもしれないけれど、なんかあったら、なんでも言ってほしい。お母さんにでもいいから」
どんな顔を、私はしていたのだろう。私を見て、父は一層寂しそうな表情を浮かべていた。
「すまんな。夕には我慢ばかりさせている。シアトルだって」
「大丈夫だよ。それじゃあ私、行ってくるから」
「あ、うん……いや、ちょっと待ってくれ。その、マー君とやらはどういう」
「まだ我慢させるつもり?」
父が目を丸くした。可哀想だから「冗談だよ」と笑いかける。
「夕、何話してたの?」
「私にボーイフレンドがいるんじゃないかって」
「あれ〜そうなの? 私聞いてないけど」
「あなたの隣の彼が疑われてる」
「お父さん……まだこっち見てるぞ」
私たちが角を曲がるまで、父は微動だにせずこちらを見ていた。
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