(10)まだ、隠しておくんですか

 好きな人の好きな人が自分じゃない。星の数ほど人がいるんだから、むしろ両思いになるほうが奇跡なのに、どうしてこんなに虚しい気持ちになるのか。


 でも、それはそれとして。


 好きな人が同じ空間にいて楽しそうにしている。それを見ているだけでもうれしい気持ちになる。


 楽しませているのが私じゃないのが……もにょるが。


「よぉし、もう一杯いってみよう!」

「お姉さんめっちゃ飲みますね! おじさん! 俺にもビール追加!」


 運ばれてきたジョッキを、お姉さんとマー君が互いにぶつけあう。それを見て、朝日がケラケラ笑う。


「私も混ぜてー!」と、ラムネの瓶をジョッキにあてた。からん、と爽やかな音が弾ける。


「朝日……お酒飲んでないよね?」

「今日はね」

「朝日?」

「宴会の雰囲気って大好き。お姉さん、もっかい乾杯しよー」

「いいよいいよー! かんぱーい」


 江ノ島で集合、とだけしか伝えていなかったから、久しぶりに観光しつつお姉さんを見つけようと考えていた。


 朝日もマー君もそのつもりだったようで、江ノ島大橋を渡りながら「遠足以来」「タコセン食べよ」「ラムネ飲も」なんて話までしていたのに、橋を渡り切ってすぐの露店でお姉さんに出くわした。


 真昼間からビールである。いいご身分だ。


「お姉さんって何者なんですか?」

 顔をほんのり赤くさせたマー君が先陣を切った。「そうそう、お姉さん誰?」と朝日が続く。


 私は説明を保留にしていた。なんとなく集合して、気づいたら宴会が始まっていて、いまさらあらためて紹介する気にもなれず、そもそも言葉が思いつかない。


「わたし〜? わたしはね〜……」お姉さんがグイッとジョッキの残りを飲み干す。「科学者」


 あ、日和った。


「おーすげぇ!」

「知能派3号! これでチームは盤石ね」

「俺は?」

「マー君はカレー食べる4号」

「お調子者枠?」

「いいじゃないカレー担当。お姉さん用意しとくよ?」


 どこに笑いどころがあったかわからない話で3人は大笑いしている。


「このままこのまま、11人までメンバーが増えちゃったりしてねぇ」

「じゃあ俺ブラピポジがいいです」

「お、マー君わかる人だねぇ」


 そのやりとりが、カチンときた。


「「ちょっと来て」」


 朝日も私と同じように、マー君の襟元を掴んで立っていた。朝日と目配せし、私は私でお姉さんを通りの向こう側に引っ張っていく。


「ちょっとちょっと……急にどうしたの?」

「オーシャンズくらいで調子に乗らないでください」違う、言いたいのはこんなことじゃない。「どういうつもりですか?」


「どうもこうも」お姉さんの目があちらこちらに泳ぐ。水でもかけてみようか。「親睦を深めようと」


「未来人設定はどうしたんですか」

「あれはほら、あんまり人に言うとね、今の時代が混乱するからね」


 言ったって、誰も信じないと思うけれど。


「というか、君は私のことなんて説明してたの?」


 ぐっ、と言葉に詰まる。その件に関しては、私にも非がないわけじゃない。

 お姉さんがきょとん、と私を待っている。


「浜辺で出会った、変な人が仲間に入りたいって」

「逆によくそれでみんな会いに来てくれたね」

「朝日はそういう子だから」


 お姉さんが小さく笑った。


「そっかそっか。仲良いの?」

「……幼馴染」

「そっかそっか。あ、朝日ちゃんたち席に戻ってるみたい」


 さっきの席に朝日と、遠目から見てもわかるくらいしょぼくれているマー君がいる。


「私たちも、戻ろっか」


 お姉さんが先に歩き出す。


「あまり、私たちのなかに入ってこないでくださいよ」


 お姉さんが振り返る。青空がお姉さんで繰り抜かれて、鮮やかな青と、逆光で影になったお姉さんの顔と、少し悲しそうな表情が、津波のように私に飛び込んでくる。


 言い過ぎた、かもしれない。でも。


「……そっかそっか。ごめんね、私もつい楽しくなっちゃって。羨ましいなって」

「お姉さんは、ただの協力者、です」


 私たちの仲に土足で入られているようで、ちょっと嫌だった。


「気をつけるね」


それだけ言って、お姉さんはまた先に歩き出した。少し遅れて、後からついていく。


 言いたいことは、もう一つあった。


 どうしてまだ、私のお母さんだって、隠しておくんですか?

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