(21)親玉になった気分

 つぶらな瞳が私を見つめている。テレビで見たことがある。ペンギンは、二足歩行の生き物を全部仲間だと思うらしい。最悪、生き物でなくても、三脚をつけたカメラでさえも。


 可愛いやつ。ちょっと雪を、借りますよ。


 ロッカーにあった作業着を適当に着込み、私と朝日はペンギンの飼育室に入り込んだ。水槽と、岩場と、申し訳程度の雪。雪というか、ほぼかき氷である。


「夕、急げ〜」


 見張りの朝日が、外と中を交互に見やりながら、小声で急きたてる。

 

 わかってる、と頷きながら、室内を見渡す。あちらこちらで、ペンギンが思い思いに過ごしている。虚空を見つめるやつ。項垂れているやつ。やたら元気に泳いでいるやつが朝日みたいで、妙に気になる。


 これもテレビの受け売りだが、日本はやたらペンギンがいるらしい。野生だと全体の1割。飼育されているのに限れば、世界の4分の1が亜熱帯な日本に集まっているという。


 そんなに集めてどうするんだと思うが、可愛い生き物を近くにおいておきたい気持ちは少しわかる。それだけいたら、反旗を翻されたときに大変そうだな、ともぼんやり思う。


 雪を持ち出すため、ちょうど入り口付近に転がっていたバケツを持ち上げた。


 それが、まずかったらしい。


 顔を上げたとき、ほぼすべてのペンギンがこちらを見ていた。


 くぇ、と誰かが鳴く。ファーストペンギンというやつだろうか。そんなくだらないことを考えている場合ではなかった。


 ペンギンが喧しく鳴きながら、私を取り囲み始める。短い足でよたよたと、ときにぴょんぴょん跳ねながら、確実に私を追い詰めていく。


「それさ、餌のバケツだったんじゃない?」


 朝日の言葉に、バケツをよく見た。なるほど、底に魚の切れ端らしきものがこびりついている。


「ご飯あげないと、どうなるかな」

「夕がご飯になるんじゃないの?」

「ペンギンって肉食?」

「魚食べるじゃん」


 それもそうだ。


「……鳥葬ってあるじゃん?」

「その話、いま?」


 このまま騒がれたら、遅かれ早かれ本物の飼育員さんが来てしまう。うだうだしている時間はない。


「ごめん!」


 と、私は大股でペンギンの上を飛び越えた。今日ほど、足が長くて良かったと思えた日はない。ペンギン相手に情けないけど。


 ペンギンたちを追い越した後も、彼らはがやがや私を追いかけてくる。少し距離をとって、氷を拾い、また入り口へ。


 よたよた。ぺちぺち。ぎゃあぎゃあ。どうしよう、このままついてきてもらうのも悪くないかもしれない。


「ペンギンも連れてこうとしてない?」

「親玉になった気分」


 不意に、マー君の声がインカムから流れてきた。


「ごめん! そっちに人行った!」

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