(4)ウミガメ1号
「コードネームがないからじゃん」
トイレから戻ってきた朝日が、唐突に言い出した。
「私たちは、湘南の海を騒がす魅惑の怪盗になるわけでしょ?」
「言い出しっぺは私だけど、そこまでは言ってないと思う」
「やっぱカタチから入らないと。私たちといえば? ほら!」
「女子高生」
「パンチが弱い。次!」
「クラゲ泥棒?」
「クラゲを……盗む者といえば?」
そんな奇妙な生物、いないと思う。
いつの間に取り出したのか、朝日は丸めたノートをマイクのように突き出してくる。ほら、ほら、と詰め寄る朝日は心底楽しそうで、誘ってよかったと痛感する。
思い出がないと、いけない。少なくとも、卒業するまでに。私たちが私たちであることを、許されている間に。
朝日が私の知らないところで恋人をつくって、少しだけ疎遠になってしまったあの時間で、今、私を取り囲むなんでもない幸せがいかに儚いものかを思い知らされた。
私を、私と朝日を、今このときを形作る『高校生』なんて硝子はとてもとても薄くて脆くて。触っても、飛び出しても、触らなくても飛び出さなくてもただ待っているだけで割れてしまうから、外に放り出されたあとも私が私でいられるように、思い出を作らないといけない。
きっと朝日は、大学生になったら自分の道をしっかり歩ける人だから。きっと私は、いつまでも後ろを振り向いてしまうから。
振り向いた先に何もなかったら、きっとしゃがみ込んでしまうから。
「聞きたいな、夕の答えが、聞きたいな」
ご機嫌に歌う朝日を見つめながら、私は思いつきを口にする。
「ウミガメ、とか」
「亀?」
「クラゲを食べるのは、ウミガメ。朝日がウミガメ1号で、私がウミガメ2号」
我ながらダサい。が、朝日は案外気に入ったらしい。
「いいじゃん! ダサ可愛い!」
ダサいのは、否定されなかった。
「ではウミガメ2号。最初の指令を伝える」
「いや、階級は平等だよ。ヤッターマン式だから」
「放課後までにいい感じの作戦を考えること! 以上!」
朝日の号令とともに予鈴が鳴った。跳ねるように席に戻る朝日の背中を見送りつつ、あと2時間で思いつくかな、と不安になる。
まぁ、次の生物は聞かなくてもなんとかなるし、なんとかなるだろう。
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