(5)先帰っててちょ!

 クラゲ程度、どうとでもなる、なんてたかを括っていた。


 最初に考えていたのは、人が少なくなってから水族館のどこかに隠れて、閉館してからこっそり盗み出すというもの。


 でも、夏休み前の水族館はいつまでも誰かしらがいて、なによりクラゲが思ったよりも厳重に管理されていた。


 しっかり愛されてるんだな。クラゲのくせに。


「夕〜?」ホームルームが終わり、帰り支度を済ました朝日が席まできた。「なんか思いついた?」

「ちょっと、ね。その前に一応聞いておくけど、本当にクラゲを逃さなくてもさ、騒ぎになれば目的は達成でしょ?」

「どゆこと?」

「盗んだように見せかけて、みんなをびっくりさせる。そしたら、騒ぎにはなるけど、誰も不幸にはならないし私たちも捕まらない」


 目的は、思い出を作ること。そのための手段は、なんだっていい。作戦Aが難しいなら、サクッとBに切り替えよう。


「なるほど……水槽を空っぽに見せかけるわけね」

「さすが1号、賢い」

「リーダーですもの」

「だから対等だって」


 身支度をして、2人で教室を出る。廊下から見えるグラウンドではサッカー部と陸上部が、器用にスペースを分け合って練習してる。


 放課後の校舎は緊張感が抜けてどこかまったりとしていて、遠くから聞こえてくる吹奏楽部の演奏に耳を傾けながら、ぺったらぺったら昇降口へ向かう。


「さて、肝心の方法ですが……2号、なにか名案は?」

「いやいや、ここはリーダーに譲りますよ。きっと画期的な案をお持ちなんですよね?」

「夕〜、対等だって言ったじゃん〜」


 朝日がすぐに白旗を上げる。


「はいはい。そうだなあ、映画でよくあるのは、空っぽの水槽の写真を撮って貼りつけるとか?」

「監視カメラを騙すやつじゃん!」

「でも、そんなシンプルに行くかな」

「まず写真を用意するのが難しくない?」

「ん〜、合成とかできないかな」

「パソコン部に聞いてみる?」

「もう少し作戦練ってからにしよ」


 下駄箱で靴を履き替えたところで、あっ、と朝日が慌てだした。


「進路指導室に呼び出されてたわ」

「面談?」

「指定校の話〜。先帰っててちょ!」


 言って、朝日は校舎に戻っていった。

 私は1人、帰り道に取り残される。


 進学するつもりはなかった。先生には止められたけど、高校を出たら、父と一緒に新しい母の故郷で暮らす。


 シアトルって、父は言っていた。

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