海の底から海月を撈る

日笠しょう

(1)「私は、未来のあなた」

 家から内緒で持ち出してきた煙草は、コンビニ店員の私が見たことない種類だった。緑のマルボロの、やわらかい箱のほう。

 家族は誰も吸わないから、これはきっと、元家人のもの。

 手の中でパッケージを回す。くるくる、くるくる。全く開け方がわからない。上らへんをちぎってしまえばいいのだろうか。


「君には少し、早いんじゃないかな?」


 顔をあげる。吹き荒ぶ潮風に目を細めながら、声の主を探した。


「上だよ、上」


 背もたれにしていた壁を見上げると、風で髪をぼさぼさにした女の人が、水族館の手すりから身を乗りだしていた。


「落ちちゃいませんか?」

「他人の心配より、自分の心配をするべきじゃないかい? 私が警察だったら、補導されちゃうよ」

「警察の人なんですか?」

「うーん、強いていうなら未来人かな」

「あ、私が警察呼ぶべきですかねこれ」


 待って待って、とその人は慌てて姿を消した。警察を呼ぶのを待て、ということだろうか。

 110番通報って、なんだかドキドキする。

 まぁ、しないけど。

 警察呼んで困るのは、私も同じだ。


 海はいつもより騒がしく、遙か上空で風に乗っている海鳥が、波に負けじと声を張っている。この時間でも、江ノ島大橋の交通量は少なくない。島の上から夕日を見ようとする観光客が後を絶たない。海岸も割と人がいる。もしかして、この時期は忍び込むのにむいていないの?


 時間潰しにもいい加減飽きてきたので、そろそろ入ることにする。本番の下見には少し早いが、風も冷たくなってきた。これ以上潮風を浴びていたら、たこせんみたいに乾いてしまう。


「いたいた。こら、そこの非行少女!」


 さっきの女の人が、海岸に降りてきた。


「ほら、煙草だして。預かっててあげるから」


 ぐい、と出された腕は、私より白くて細い。ちょいと捻れば、簡単に取れてしまいそうだった。


「黙ってても、見逃してあげないよ」

「これ、たぶん形見なんです。お母さんの」 


 言いながら、ポケットから煙草を取り出す。少し、くしゃっとなってしまった。


「でも、いいです。いらないので。どうぞ」

「待って待って」女の人が慌てる。「ごめん、それは受け取れないわ」

「本当にいいんです。大事じゃないし」

「いや、大事にしてよ」

「お母さんのこと、よく知らないですし……それより、お姉さん何者なんですか?」

「私?」

「未来人とかなんとか言ってませんでした?」

「そう、未来から来たの。ええとええと……私はね。私は、未来のあなた」

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