(25)いってらっしゃい

「朝日がいないんですけど」

「大丈夫大丈夫、別行動中だから。ドローンちゃんのリリース位置に待機しといて」


 氷の入ったバケツを抱えて、クラゲブースへ走る。途中、何度も人とぶつかりそうになって、それでもなんとか作戦の位置に辿り着く。


 父と母が来る前に、前の方に行かなくちゃ。物陰とはいえ、完全に隠れられているわけではない。


 ドローンに氷を持たせ、飛行準備を進めていると、インカムにノイズが走った。通信がつながって、誰かが話し出す予兆だ。


「もしもし。こちらウミガメ3号。外は賑やかです」

「無事逃げられたんですね。集合場所は大丈夫そうですか」

「道路の反対にハンバーガーショップがあるじゃん? その裏にいい感じの空き地があるから、そこで待つ」


 あぁ、と思った。


 多分そこは、作戦前にお姉さんと話したお店だ。


 終わったら、話の続きを。何を話すつもりかは知らないけれど、今なら顔を見て話せる気がする……なんとなく。


「作戦のほうは––」


 マー君が問いかけたのと同時に、館内放送が鳴った。一気に汗が噴き出す。もしかして、誰かバレたのではないか。


『––館から落とし物のお知らせです。水族館から落とし物のお知らせです』


 違ったらしい。でも、落とし物のアナウンスなんて珍しい。


『藤沢からご来館の朝日ちゃんのお友達、クラゲのくーちゃん人形が行方不明になりました』


 朝日だった。ということは、これがお姉さんのウルトラC? でも、どういうつもりで。


『もしお心当たりのある方がいましたら、インフォメーションセンターまでおねが、あ、ちょっと!』


 どたばたと、物や人の動く音が入り込む。目の前の人だかりの何人かが、異常事態に気づいてソワソワしだした。


『お願い! 大切なお友達なんです! なくしたら私……どうか、どうか足下を探し––』


 朝日迫真の演技も、最後まで言い切らないうちに放送は途切れた。なるほど、これでみんなの視線を下に向けて、そのうちにってわけだ。


 でも、ほとんどの人は異様な放送の際で上を向いている。足元を探している人は少ない。


 もう一押し、いる。


 ポケットを弄り、忍ばせていたクラゲ人形を握り込む。


 目を走らせて、朝日のように賑やかそうな人を探す。カップル、違う。右手の家族連れ、違う。あっちの女子高生グループ……あの人たちなら。


 耳の奥がキンと鳴る。緊張しているみたいだ。いってらっしゃい、とボウリングの要領でクラゲ人形を転がした。


 ピンク色した、お母さんからのプレゼントは、コロコロ転がって目当て通り女子高生の足にぶつかる。


「あ、クーちゃんいるじゃん!」


 予想通りのリアクションを取ってくれた。全員の視線が、女子高生の足元に集まる。


 インカムにノイズが走る。


「お姉さんっ」

「よしきた!」


 ドローンが静かに飛び上がった。

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