第20話



「佐原さん……! 君は沙良を……沙良がどこに居るのかを知っているんじゃないのか!?」



 舞が恩師に会いに母校である大学に行くと、門近くで今はまだ沙良の『夫』である松浦拓人に捕まった。

 ちなみに舞と松浦拓人は沙良という存在でしか繋がりはない。



「……なんですか? 私は先日留学から一時帰国したばかりなんですけれど。……沙良が、居なくなったんですか?」



 少し睨むようにしながら舞が返すと、拓人は顔色を悪くした。



「沙良の幼馴染の君の所にも居ないのか……」



 拓人はガクリと肩を落とした。それは大学時代の颯爽とした自信ありげな姿の彼とは随分と違っていた。



「……沙良は居ませんが、色々話は耳に入っていますよ。貴女が同じサークルだった他の女の子と浮気をしてたって噂を。沙良という婚約者がいるにも関わらずってね」



「……違うッ! ……いや……、本当にちょっとした気の迷いだったんだ。それにもう既に沙良は許してくれて結婚もしてるんだ!」



「記憶の無い不安定な状態の沙良を両親から引き離しての結婚、と聞いてますよ。それに許していないから沙良は居なくなったんじゃないですか?

……私、急ぐのでこれで失礼します」



 舞はそう言い捨てて恩師の部屋に向かって歩き出した。


 周りの友人達からもその話は聞いているし、何よりたった今大切な親友沙良と会って話したばかり。

 舞は苛立つ心を必死に抑えながら、見たくも無いあの男の側から足早に離れた。



 ◇



「ご無沙汰しております。三森さん。突然お伺いして申し訳ございません」



 そう言って誠司に頭を下げたのは仕立ての良いスーツを着て眼鏡を掛けた知的そうななかなか男前な青年。



「……ああ、久しぶりだね。和臣君。弟の……、高木家の四十九日法要以来か」



 ここは沙良の伯父誠司の会社の応接間。


 誠司を訪ねて会社にやって来たのは、亡き弟の義理の甥。……そして今沙良には会わせたくはない人物の一人。



「そうですね。ですが僕はいまだに叔父や叔母が亡くなったという事が信じられません」


 そう言って和臣は辛そうに目を伏せた。

 誠司はそんな和臣の本心を見定めようと冷静にその姿を見つめた。


「……全くだ。私もまだあの家に行けば弟夫婦が笑顔で私を迎えてくれるような気がしてしまう。

……ところで和臣君は今は何処にいるのだね? 父上の所かな?」



 確かこの青年は父親と同じ弁護士を目指していたはず。そう思い出して誠司は尋ねた。



「……はい。今は父の所で勉強しております」



 和臣はそう言って誠司を真っ直ぐに見た。



 ……和臣は沙良よりも3歳年上。大学から司法試験を受けるまでに6年かかるとして、もう司法試験は受けているはず。

 司法試験はそう簡単に受かるものではない。『まだ勉強中』、とはそういうことか。

 ……だからこそ、沙良と結婚しその財産を狙っているのだろうか。



「そうか、これからも励んでくれたまえ」


 誠司がそう当たり障りのない話をしていると和臣が切り出した。



「……ところで、三森さんは沙良が階段から落ちて入院し、その後行方不明になっている事をご存知ですか」



 訪ねて来たのは沙良の話だとは思ったが、やはりそうかと思いながら誠司は落ち着いて答えた。



「ああ、勿論だ。私も心配している。……しかし入院中は相変わらず沙良の『夫君』は沙良に会わせてはくれなかった。それにまたしても『事故』とは……。警察も動いてくれてはいるようだが」



「そうですね。……実は僕は今回の事故の後、沙良の病院に行って彼女と会っているのですよ。彼女の夫が会わせてくれないという事はよく分かっていましたので、コッソリと。沙良は一年前の交通事故までの記憶が戻っていたので僕の事も分かってくれました。しかし、この一年の記憶を失っていましたが……」



 ……ここまでは、沙良が話していた通りだ。


 誠司は和臣の話を聞きながら、しかし自分はそれらを知らない体で会話を進める。



「そうか……。では今ならば沙良は私の事も分かってもらえるという事だね。

……行方不明という話は、沙良の夫からかい?」



 沙良を心配する様子を見せながら、誠司は和臣の表情を窺う。



「ええ。彼は両親や僕の所に血相を変えてやって来ました。僕たちにも心当たりはなかったので、それでこちらに来ているのかと」



「あの男はうちにも沙良が来ていないかとやって来たが、会わずに門前払いにしてやったよ。

階段から落ちて怪我をした沙良が行方不明なのは心配だが、彼女も成人した大人だ。おそらくは自ら何処か安全な所に身を寄せているのだろう。

……それに沙良の記憶が戻ったのなら、あの夫から離れようと考えたのではないだろうか」


「そうですね。僕もそう思います。三森さんもご存知ないのなら仕方ありませんね。

……もし、沙良に会えたなら僕たちも心配していたとお伝えしてもらって良いですか?」



「分かった。……ところで、和臣君は何度も沙良の所に見舞いに行ってくれているのだね。……私は直人から君の家は高木家に『出入り禁止』になっていると聞いていたのだが」



 誠司はこの感情を読ませない和臣という青年を探ることにした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る