第26話




「ああ憧れの『娘とのお買い物』……。夢だったのよ、可愛い娘と服を一緒に選んで着飾るの」



 綾子おばさまは朝から上機嫌だ。おばさまのお子様は光樹さんと将生さん。男の子2人だけだからだと思う。


 私はそんな楽しげなおばさまを見て、お世話になっている身として少し嬉しくも感じていた。



 そんな風に2人で暫く買い物を楽しんでいると、従業員の方がおばさまを呼びに来た。



「……え? 斉藤様の奥様がお見えなっているの? あらあらどうしましょう。ご挨拶しないと」



 伯父の会社絡みの奥様らしく、おばさまは慌てて立ち上がる。



「おばさま。私はここでもう少し色々見せていただいていますから、どうぞ行ってらして」


「でも……。……ああ御免なさい、沙良ちゃん。すぐに戻るからここから動いてはダメよ」



 余程重要な取引先の奥様なのだろう。

 伯母はそう言って急ぎ足で従業員に案内されて行った。



 私は暫くそこで服を見せていただいていたのだけれど……。



「──沙良じゃないの。久しぶりね」



 ここは特別な顧客用の個室。一般の人は入れないはず。けれどそこに突然母方の伯母、真里子は現れた。



「……真里子おばさま……」



 おばさまは、私の驚き怯える顔を見てニヤリと笑った。そしてチラと周りの様子を見てから言った。



「ここは空気が悪いわね。外へ行きましょう。近くにいい店を知っているの」



 相変わらずの強引さで真里子おばさまは私を誘って来たが、私はそれをすぐに断った。



「いえ。今私は連れと一緒ですのでここを動けないのです」



 しかし、私の言葉を聞いた真里子おばさまは眉間にシワを寄せ、大きな声で威嚇するように言った。



「何を言ってるの! だから貴女は奈美子と同じで、物事を分かっていないのよ! 黙って私の言う事に従っていればいいの!」



 伯母真里子はそう言って嫌がる私の手を掴み強引に引っ張った。


 私は抵抗したけれど、今の体力の無い身体では太い幹の様な腕をした伯母の力には敵わなかった。



 私が伯母に腕を掴まれ引き摺られるように個室を出ると、先程まで対応してくれていた従業員の女性が慌てて声をかけてきた。



「……お客様!? こちらのお連れ様からこの場を離れないようにと言われておりますのでどうかご遠慮を……」



「……は!? なんで私が貴女なんかに遠慮しなくちゃいけないのよ! 私は私の可愛い姪を保護するだけよ! そこをおどきなさい!」



 伯母はそう言ってその従業員を強引に振り払った。お店の人たちは追いかけて来てくれたけれど、もうそこは一般の買い物スペース。


 おばさまは他のお客様に聞こえるように大きな声で叫ぶ。



「この店は客を無理矢理拘束しようっていうの!? なんでタチの悪い店なの! 高級百貨店が聞いて笑うわね。私達は帰るんだから邪魔しないでちょうだい!」



 そう言って一般のスペースに出た。すると周りには他のお客様が何事かとこちらを見ていた。


 おばさまはその様子を見て更に吐き捨てるように言った。



「本当に失礼ね! 2度と来ないわ、こんな店!」



 真里子おばさまは捨てセリフを吐いて私の腕を強く掴んだまま店を出た。

 



「おばさま……、真里子おばさま……! 痛いわ、腕を離してください……っ」



 私は必死でこの伯母の手から離れようと抵抗しながらそう言ったけれど、伯母は決してその手を緩める事なくこう言った。

 


「沙良。勝手に出て行って勝手に結婚までして。……悪い子ね。そんな悪い子は私がきちんと教育し直してあげるわ。それに貴女を閉じ込めるような男とは別れなさい」



 伯母は私を冷たく見てそう言い切り、呼んであったのであろうタクシーに乗せられた。

 



 ◇




「高木家の真里子と奈美子姉妹のこと? ……ああ、長女の真里子が家を飛び出したんだよねぇ。姉さん夫婦は跡取りだと思って真里子を随分可愛がっていたのに」



 鈴木刑事と清本刑事は真里子と奈美子姉妹の叔父にあたる男性に話を聞いていた。



 沙良の最初の事故の病院の聞き取り。高木家の不幸の始まりというべき拓人の動きに沙良の伯母である真里子が関わっていたと分かった。

 2人の刑事は宮野真里子という人間の周囲を調べ始め、そして彼女を幼い頃からよく知ると思われる真理子姉妹の母親の弟である叔父に話を聞きに来たのだ。



「姉さん夫婦が甘やかしたからか、真里子は小さな頃から我が強くてねぇ。何でも自分の思い通りにならないと気が済まない。昔から妹の奈美子が本当に可哀想だったよ。親が真里子を優遇するからあの子は姉に逆らえなかった」



「真里子さんは、結婚して家を出られたのですよね?」



 叔父は頷きながらも苦々しい顔をした。



「……その結婚も、なぁ……。お恥ずかしい話なんですが、所謂『略奪婚』っていうやつでして。真里子は妻子ある金持ちの弁護士を捕まえたんです。

『こんな古臭い付き合いばかりの貧乏な家なんか要らない』って捨て台詞を吐いて出て行ったらしくてねぇ……。その時の姉さん夫婦の落胆ぶりは相当だったよ。まあ自分達の教育がダメだったっていうのもあるんだけどねぇ」



「『略奪婚』、ですか……。

いやしかし、高木家は古い旧家なのでしょうが『貧乏』ではないですよね」



 鈴木は高木家の大きくはないが品のある自宅の佇まいを思い出しながら言った。



「それは、奈美子の結婚相手のお陰ですよ。あの子は真面目に地元の会社で働いて、そこで恋愛したんですがそのお相手の直人さんは良い家の次男だったとかで。2人が結婚したことで一気に高木家は上向いたんですよ。やっぱりちゃんとしていたら神様は見てるんだなぁって親戚で話してたもんですよ」



 叔父は少し満足そうにしてから、すぐに真面目な顔になった。



「……しかし、真里子にはそれが気に入らなかった。自分の親の葬式で、『高木家は本当は自分のものだ』と言い出した時にはこちらは肝が冷えましたよ。あの場には奈美子のご主人直人さんの親戚の方々もいらしてたのに。……それだけ、嫁ぎ先でも上手くいってなかったんでしょうがねぇ」


「と、言いますと?」


「いやさ、真里子の結婚当時宮野家にはあちらのご両親もいて、前妻の産んだ長男を跡取りだと強引に前妻から引き取っていた。それで真里子はいきなり母親になったんですがその後、旦那の法律事務所はかなり落ち目になっていった。

……別れた奥さんの実家は大きな法律事務所だったんですよ。その奥さんとかなり強引に別れたんだ。同じ世界で世間の風当たりが強くなるのは当然だったんですよ」



 叔父はため息を吐きながらそう言った。



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