第25話



 ある程度話を聞き警察署で暴言を吐いていた事の調書をとった後、松浦拓人は帰りを許された。



 鈴木と清本は窓から松浦拓人の肩を落として帰る後ろ姿を眺めた。



「……思った通りクズな男でしたが、気になる点も幾つかありましたね」



 清本がそう言うと、鈴木は頷いた。



「……そうだな。そして少なくともあの男の中では『お嬢さんを守っているつもりだった』、ってことか。本当に実際どのくらい不審な事が起こってたのか調べる必要があるな。……松浦氏の以前のマンションのボヤ騒ぎは本当にあったんだな?」



「ええ。物騒な事だと思って覚えていたんです。……それに、この手帳。小さな出来事も多いですが、確かにこれ程立て続けに事が起こってれば疑心暗鬼にもなるのも無理はないのかも知れませんね」



 そう言って清本はパラパラと手帳を捲る。



「……それと、だ。最初のお嬢さんの事故の時、どうして松浦氏が簡単に病室に入れたのか。三森氏は両親と三森夫婦以外の家族は面会禁止にと病院側に頼んだと言っていた。それなのに、病院が『聞いている』と言って通したのはどういう事だ?」



「確かにそうですね。病院はうっかり伝えてしまったのかと思っていましたが、そこには誰かが介入していた……? どうして松浦氏を沙良さんに会えるようにしようとしたかは分かりかねますが」



「そうだな。……もう一度、お嬢さんの最初の事故の病院にも行ってみるか」



 

 ◇



「ああ、一年前のあの時の事……。私あの後上司にものすごく怒られたんですよね……」



 沙良の最初の交通事故で運ばれた病院。

 拓人が警察に来た翌日、2人の刑事は当時拓人の受付対応をした事務員を呼び出した。



「患者の家族から『家族以外の面会中止』と言われていたのに他人を案内したんですよね?」



 清本が問うと、事務員は不満そうな顔をした。


「……だって、その人に『身内です』って言われたんですよ? どうぞって言うしかないじゃないですか!」



 自分は悪くない! と主張するまだ若い事務員に2人は内心苦笑した。



「……貴女その時相手に『話は聞いてます』と言って案内したようですが、誰かに彼を通すように依頼されていたんですか?」


「……ええ、そうですよ。『若い親戚の男性が来るから部屋に入れてあげて』って頼まれていたんです。だからその通りにしたのに後になって『そんな事言っていない』って手のひら返しですよ!? 本当にあり得ないったら!」



 鈴木と清本は眉を顰めた後思わず体を乗り出す。


「……頼まれた? いったい誰に頼まれたんです!?」



 若い事務員はその勢いに一瞬怯んだが、やっと自分の言い分を信じてもらえたと思ったのか喜んで答えた。



「ご本人の、おばさまですよ。後から考えればその人は余り見舞いには来てなかったんですけど……。本人の母親と一緒にいた所を見かけた事がありましたから。母親と別れた後に受付に来てそう頼んでいったんです」


「おば……。『余り見舞いに来ていなかった』ということは、その人は母親の姉……?」



 清本がそう問うと、事務員は考えつつ頷く。



「そうじゃないですかね? 母親と少し似てましたし。おばさんの方が随分派手でしたけどね。同僚と話をしてたんですよ、病院に見舞いに来るのにあの格好と香水はないよねって」




 ◇



「スーさん。いったいこれはどういう事っすかね。母方の伯母である宮野真里子は松浦拓人を沙良さんに会わせようとしていた……? 2人は何か繋がりがあるんでしょうか」



 事務員から話を聞いた後、清本は混乱する頭を抱えながら鈴木に問いかけた。



「分からん。……分からんが、伯母真里子の存在が鍵を握ってるみたいだな。あの周辺を洗ってみる必要があるな」



 鈴木も悩みつつ答えた。



 ◇





「……まあ! 沙良ちゃん、よく似合うわ! ああでもこっちも素敵なのよねぇ。もう両方買っちゃいましょうか」



 某高級百貨店に、私は綾子おばさまと買い物に来ていた。



「おばさま。こんなに買っても着て行くところがありませんから……」


「何言ってるの! 若いんだからこれからどんどん外に出て行かなくちゃいけないわ! その時沙良ちゃんを素敵に彩る衣装は必要よ? ……ああこれも良いわね」



 ここで私は1時間以上はおばさまの着せ替え人形になっていた。


 3日前、拓人が警察署で暴れ鈴木さん達に事情聴取をされた時に『沙良は狙われていた』と言っていたことから、私はしばらくは外に出ない方がいいのではないかと思っていた。

 けれど三森のおじさまとおばさまは、私がまた部屋に閉じ籠り弱って行くのではないかと心配した。



 そんな訳で綾子おばさまが私に付きっきりでのお買い物からならという話になったのだ。






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