第24話



 本当にそれ程の不審な事が2人に起こっていたならば、という話だが。



「松浦さん。その手帳を見せていただく事は出来ますか」



 鈴木の言葉に拓人は頷き、上着の内ポケットからのろのろと手帳を取り出した。



「……何か新たな事があればすぐに書けるように、いつも持ち歩いているんです」



 そう言って鈴木にその手帳を渡す。


 ページを捲ると、そこには日付とびっちりと書かれた小さな文字。相当慌てて書いたのか、字が乱れた箇所もたくさんあった。



『○月△日、贈り主不明で送られてきた果物が変色しておかしな匂いがしている。……これは毒ではないのか? すぐに密閉して捨てた』

『△月×日、沙良の気分を変える為に外食に行く。誰かにつけられている気配がした。沙良の側を離れるのは危険だ。やはり外にも出さない方が良いのかもしれない」

『今日も郵便受けに不審な手紙が来ていた』

『沙良から、おれが居ない時にチャイムと扉を開けようとする音が何度もしたと聞く。この前のボヤ騒ぎもあるし、このマンションは危険かもしれない。早急に安全性の高い所に引越しをしよう』……



 ずらりと並べられた文字。

 そこには事細かく怪しげな出来事が書き続けられていた。



 ……これが本当ならば、沙良は狙われていたのだ。しかもこれだけびっちりと書かれた手帳が偽装の為だとは思えない。



 ──松浦拓人以外の人間に、沙良は狙われていた?



 鈴木と清本はゴクリと息を呑んだ。



「貴方は、誰が沙良さんを狙っていたのか心当たりはないのですか」



 清本は単刀直入に尋ねた。



「……俺には全ての人が怪しく見えていました。最初は沙良のご両親まで疑っていたほどです。そんなはずはなかったのに……。

でも俺のその手帳を見たお義父さんは、何か気になることがあるようでした。もしかしたら、何か犯人に心当たりがあったのかもしれない」



 当時、彼は相当疑心暗鬼になっていたという事なのだろうが、せめて初めから沙良の両親に相談をしていたら何かが変わっていたのかもしれないのに……。


 鈴木と清本はそう思った。

 そして沙良の父親は彼らの周りの『不審な出来事』になにか心当たりがあったのか?


 それは父親の身近にその犯人の心当たりのある人物がいたということではないのか。……2人は頭の中で高木直人周辺の人物を思い浮かべる。



 まず一番身近な存在は妻奈美子。しかし彼女は夫と共に事故で死亡しており、その後の不審な出来事を起こせるはずがない。


 次は直人の兄誠司だが……。

 放っておけば『事故死』となる弟夫婦の事故とその後をあれ程『事件』だと主張し、必死で姪沙良を守ろうとするあの一家が不審な事を起こすとはとても思えない。



 その次は、沙良の母奈美子の姉である真里子一家だが……。



「……俺。間違いを犯して沙良の両親から婚約白紙だと言われた後、もの凄く反省しました。

……そして、もうどうにもならないのか、沙良ともう一度話をしたら、そうしたら沙良は許してくれるんじゃないかと、そう思ってあの日病院に行ったんです。

受付で沙良の名前を出して……俺の事を聞かれたから『彼女の身内です』って答えたんです。もし婚約者って言ったら両親から話を聞いているかもしれない病院に追い出されるかもしれないから。そうしたら、『聞いてますよ、どうぞ』って……。俺が病室に行くと、部屋には誰も居なかった。そして丁度沙良が目を覚まして……。記憶喪失で俺の事も覚えてなかったけど、これはチャンスだって思ったんです。神様が、俺に沙良とやり直すチャンスをくれたんだって」



 拓人は違うどこかを見て夢見るように話し続けた。しかしそれは彼にとっては幸運だったのかもしれないが、高木家にとっては悪夢の始まりだった。


 鈴木は苦々しい思いで言った。



「……それで、学生時代から得意だったっていう催眠術とやらで沙良さんに暗示をかけたってことか」



「……沙良は、俺のスマホの大量の2人の思い出の写真を見て俺を信じたようでした。その後病室に来て俺を詰って来た母親を見て、更に俺しかいないと思い込んでくれました。

俺はそこから彼女とやり直すつもりだった。それなのに、彼女は誰かから狙われていて……。俺は沙良を精一杯守っていた。

そして、あの階段事故さえなければ沙良とずっと一緒にいられたはずなのに……」



 俯き落ち込む様子の拓人に鈴木は分かりやすく大きなため息を吐いた。



「松浦さん。貴方この一年、沙良さんを見ていて何か思う事はなかったのですか? 私は一度貴方と一緒にいる沙良さんに会っているが、その後の記憶を取り戻した沙良さんとは全くの別人だ。

沙良さんは本当に狙われていたのかも知れんが、この一年の沙良さんの心を殺してたのは間違いなくアンタだ。

アンタは沙良さんを愛していると言いながら、その実沙良さんという存在を身近に置いておくだけで満足だった。……お気に入りの人形かなにかみたいにな」



「……ッ! 違うッ! 俺は……俺は本当に沙良を愛しているんだ!」



「それなら、なんで沙良さんをご両親から遠ざけた! 不審な出来事があったのなら、何故警察に相談しなかった! 場合によっては沙良さんはもう殺されていたのかも知れないんだぞ!?

それに本当に沙良さんを愛してたなら、平気で浮気をしてた気持ちがサッパリ分からんよ。お前はお前のお気に入りに囲まれていたかっただけだ。結局は自分が一番大事で大好きなだけなんだよ」




 その後拓人は弱々しく『違う』とだけ繰り返していたが、反論するような言い訳は見つからなかったようだった。


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