第23話


「……なに? 松浦拓人が沙良さんの捜索願を出しにここに?」



 沙良の伯父誠司の元に和臣が訪ねていたのと同じ頃。

 鈴木刑事が警察署の自分の席で書類を睨んでいると、一階の受付から連絡が入った。



 そうか、警察に来る程切羽詰まったのかと、鈴木刑事は彼のいるという一階の受付へと向かう。拓人は受付担当者に食ってかかるように話をしていた。


 そこに鈴木刑事は後ろから声を掛ける。



「やぁやぁ、松浦さん。またお会いしましたね」



 にこやかに挨拶をしたというのに、鈴木刑事の顔を見た松浦拓人は途端に汚い物でも見たかのように嫌な顔をした。



「どうして貴方がここにいるんですか! ……俺はアンタなんか呼んでいない!」


「いやいや。ここは私の職場ですよ。知り合いが来たら挨拶しに来るのは当然でしょう。

──それに何かお困りでこちらに来られたのでは?」



 鈴木刑事が拓人のその態度にも全く動じず淡々とそう尋ねると、途端に拓人の表情が変わった。



「貴方、何か知ってるんじゃないですか? ……まさか……、アンタ達が沙良をどこかにやったのか!」



 そう言って少々暴れ出した青年を鈴木刑事は公務執行妨害でいったん別室に案内した。



 ◇




「落ち着かれましたか? こちらへどうぞ、お座りください。

……それでは松浦さん。先程暴れた件に関わる話として、この一年松浦沙良さんをほぼ監禁状態にしていたお話を聞かせてくださいや」



 拓人がいったん落ち着いたところで鈴木は視線はしっかりと拓人を捉えながらも、余裕のある態度で質問した。部屋には清本もやって来て横で真剣な顔で話を聞いている。



「……アンタに話す事は何もない」



 しかし拓人も鈴木の思うように答えるはずもない。



「何度も会って話をしてるってぇのに、冷たいもんですな、松浦さん。

……私はね、愛する人を閉じ込めて親にも会わせないって非道な事をする理由を是非とも教えて欲しいんですがね。こんな仕事を長い間やってたら大まかに人の考えは分かるようになったつもりだが、アンタの行動は全く理解が出来ない」



 鈴木は拓人に対しての不信感を隠そうともせずに言った。

 ……鈴木にも愛する家族がいる。拓人の行動は許すことの出来ない事だ。



「……アンタに何が分かるっていうんだ。俺は……俺は沙良を守ってただけだ!」



「……『守ってた』?」



「そうだよ! 俺が沙良と暮らし出してから、不審な事ばかり起きてた。沙良の両親が亡くなってからはもっと酷くなった。挙げ句の果てに『ボヤ』騒ぎまであったんだ。俺は沙良を守る為に安全な場所への引越しを決意した」


 その言い訳に、鈴木は呆れ気味に返す。


「ずっと、沙良さんが狙われていたと。そう言われるんですか。

……では、いったい誰に狙われていたというんです?」



「…………分からない。だけど、本当なんだ! 

沙良を俺のマンションに連れて帰って暫くしてから、おかしな荷物が送られてきて毒のような物が入っていたり、マンションの中に入ろうとしたのか鍵穴に傷が付いていたり……。前のマンションではボヤ騒ぎまで……。他にも言い出したらキリがない……! 

それまではそんな事は無かったんだ。俺は、沙良が狙われていると思った。だから彼女を守ろうと……!」



 鈴木と清本の動きが止まる。



「……松浦氏の前のマンションでボヤ騒ぎがあったのは本当ですね。マンションの前のゴミ置き場が燃やされた不審火で犯人は捕まっていません。……あれが、沙良さんを狙った事件だったと?」


 清本が拓人を疑うように見ながらそう言ったが、拓人はその事実を知っている清本に縋るように答える。



「そうだ……! 沙良を連れて帰ってから余りにも色々あり過ぎて、最初は俺に対する彼女の家族からの嫌がらせだと思った。だけどだんだんそれはエスカレートしてきて……。その内これは沙良の命を狙っているのだと思った。俺は誰のことも……沙良以外誰も信じられなくなった。とにかく沙良を守りたくて、彼女を部屋に閉じ込め守るしかなかった」



 鈴木と清本は顔を見合わす。



「沙良さんのご両親のことは……?」



 鈴木がそう尋ねると、拓人は渋々といった風に答えた。



「……あの日、マンションを訪ねて来た沙良の両親に俺は沙良が狙われている事を打ち明けたんだ。初め2人は信じていなかったみたいだけど、俺はこの不審な出来事を手帳につけていたからそれを2人に見せたんだ。そうしたらお義父さんは顔色が変わって……。少し考えてみるからそれまで沙良を頼む、と言って急いで帰られた。けど2人がその帰りに車の事故を起こしたって連絡が……。

その時俺は『婚約者』という立場だけじゃ沙良を守れない。そう思ったからすぐに沙良と籍を入れ、法的にも俺が沙良を守れるようにしたんだ。

──周りは、全て沙良を狙う敵だった」



 拓人はそう言って俯いて頭を抱えた。



 鈴木と清本は考える。



 勿論、この松浦拓人が適当な嘘を言っている可能性もあるが、この様子を見るに少なくとも彼自身はそう思い込んで動いていたということか、と。



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