第21話



 誠司の言葉に、和臣は一瞬目を見開き動揺したように見えたが……。



「…………やはり、三森さんはご存知でしたか。

そうです。義母が叔母に沙良と僕との結婚話を持ちかけたそうで、叔父は激怒しそれ以来僕は高木家にはいっていません」



「……和臣君は、沙良の事が好きだったのかね?」



 誠司は本気でそう尋ねたのだが、和臣は苦笑した。



「……当時僕は高3で沙良はまだ中学生でした。小さな頃から仲は良く、まあ好きかと聞かれれば好きだったのかもしれませんね」



 そして和臣は、不意に真剣な顔になった。



「……あの後、両親からその話を聞いた僕は直人叔父さんに自分という存在を否定されたように感じてとても落ち込みました。小さな頃から知っている叔父夫婦に拒絶された、その事実が僕の心に大きく突き刺さったんです。

今となれば一人娘の沙良を可愛がっていた叔父夫婦の気持ちも分かりますがね。……義母はあの通りの人ですし」



 和臣のその話を聞き、誠司は少なからずショックを受けていた。


 ……確かに、10代の若者が信頼する叔父叔母に突然拒絶されれば心は傷付くだろう。あの年頃の子は特に承認欲求が強い。それを否定されれば相当落ち込んだに違いない。しかもおそらく彼自身は何もしていないのだ。


 今まで誠司は弟直人の話だけを聞き、まだ高校生だった和臣の気持ちまで考えてはいなかった。……いくら彼の義母の暴走があったとはいえ、彼自身には何の責任も落ち度も無かったというのに。



「それは……。和臣君にはなんと申し訳ない事をしたのか。私もあの時は真里子さんの非常識さに怒るばかりでまだ少年だった君の気持ちにまで思い至らなかった。……申し訳なかった」



 誠司は、今は居ない弟直人の代わりに心からの謝罪をし頭を下げた。


 するとそれまで冷静沈着な様子だった和臣が初めて驚き慌てる様子を見せた。



「三森さん……? やめてください。もう僕の中ではその事は納得出来ているのです。

大切な人を守りたいという気持ちは、今はもう痛い程知っているつもりです」



「しかし直人は君を傷付け……、恥ずかしながら私も今君に言われるまでその事に思い至らずにいた。私にも同じくらいの息子がいるというのに、情けのない話だ」



 誠司の真剣な様子に、和臣は表情を和らげた。



「三森さん……。気持ちを分かっていただけて、……それだけであの時の僕は救われます。

……それにあの時の事がきっかけで、僕は家を出る決心がついたんです。悪い事ばかりでは無かったんですよ」



 そう言って誠司を見る和臣の目は澄んでいた。

 


「今、君はご両親から離れて暮らしているのかい?」


「……ええ。ちょうど大学進学の時期でもありましたから。家から通えない距離ではなかったのですが、敢えて家を出ました。

今は両親とは少し距離を置いているんです。父の職場には行きますし、たまには家に顔を出しはしますが」



「……私は人伝に、真里子さんが『君が何度も沙良の見舞いに行っても会わせてもらえなかった』とか今でも2人の結婚を望んでいるといった話を聞いたのだが……」


「僕が沙良の見舞いに行ったのは、彼女の交通事故の後に一度と今回だけですよ。実際に沙良に会えたのは今回と叔父達の葬式で少し見かけた位ですか。それを何度もというならばそうですが……。少なくとも僕自身に沙良との結婚を望む気持ちはありません」


 

 そうハッキリと言い切った和臣に嘘は感じられなかった。



「そうか……。

そういえば、直人達は君の父親の法律事務所に沙良の事で相談に行っていたのだろうか?」



 弟ではあるが誠司には直人夫婦の最後の動きはよく分からない。


 半年近く一人娘の沙良が記憶のないまま拓人に囚われ、相当精神的にも追い詰められていた2人。

 最初の方は誠司の契約している弁護士に相談をしていたが、なかなか思うような結果が出ずに焦っていた。


 藁にもすがる思いでこの和臣の父親にも相談していたのではないか?



「……そうですね。お見えになっていたようですよ。叔母は義母に勧められて色んな弁護士に相談した方がいいだろう、と。奈美子おばさんはうちの母に強く言われると断れないようでしたから」



「……また、真里子さんか……」



 誠司は内心うんざりして呟いた。



 ◇



「……突然お邪魔して申し訳ございませんでした。それでは失礼いたします」



 礼儀正しく去っていく和臣を誠司は少しの罪悪感を持って見送った。

 するとすぐに誠司の会社の顧問弁護士が書類を持ってやって来た。


「……社長。先程お見えになっていたのは、坂上法律事務所の和臣さんではありませんか。地方での司法修習を終わらせ戻って来られたのですね」


 若い弁護士の卵の青年を微笑ましく語る顧問弁護士に、誠司ははて? となる。


  

「? 確かに彼の名は和臣だが、父親のいる宮野法律事務所にいるはずだ。それにまだ司法試験に受かっていないようだったが……」


 それを聞いた顧問弁護士は一瞬訝しんだ顔をしたが、彼らの家の事情を思い出し納得した様子で語り出した。


「私は坂上法律事務所の所長と旧知の仲ですが、やっと跡取りの孫が弁護士となって戻って来ると嬉しそうに紹介されましたので間違いはないかと。……確か離婚したお嬢さんが泣く泣く手放した息子だと聞きましたよ」



「……なんだって?」



 確かに和臣は真里子さんの結婚相手の連れ子だと聞いている。

 しかし先程の和臣は、父親の所で『勉強中』だと言った。……そうか、彼は『弁護士になれていない』とは言っていない。勉強中だと濁されたので、てっきりまだ弁護士になれていないのだとこちらが勝手に思い込んだだけだ。



「『跡取り』という事は、彼は今いる宮野家を出るという事なのか?」



「私には詳しくは分かりませんが、あちらは大きな事務所でしかも彼の祖父である坂上さんが大層彼に期待されていますからね。

……それにこう言ってはなんですが、宮野法律事務所は……」



 誠司は目を見開いた。




 

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