第33話


「……貴方ッ! 私は嵌められたの! この卑怯な男に罪をなすりつけられているのよ、お願い助けてちょうだい! 私は妹を可愛がっていたし、何より私があの子を殺しただなんてとんでもない話だわ。……それに、証拠なんてないのよ? この男が勝手に言ってるだけ! 可哀想に沙良は、まだこの男に騙されているのよ……!」



 真里子おばさまは涙ながらにおじさまに語りかける。

 おじさまはそれを真顔で聞いた後に私を見て悲しそうに微笑んでから、鈴木刑事さんに言った。



「……刑事さん。真里子は妹夫婦の交通事故の後、これは事故ではない殺人だと主張していました」



 それを聞いた伯母はパッと顔を上げほらどうだとばかりに笑った。



「ほらご覧なさい! 私は妹をとても大切に思っていたのですもの。

私が犯人なら事故となっているものをわざわざ殺人だなんて事は言わないはずよ!」



 私達は、やはり宮野おじさまは真里子おばさまの味方をするのね、と思った。けれど……。



「…………それは真里子がその青年にその罪をなすりつける為でした。自分が起こした妹夫婦殺人の罪を彼にきせて、その後沙良ちゃんをどうにかするつもりだったのでしょう」



 宮野おじさまは淡々とそう述べた。


 私は驚いておじさまから目が離せなくなった。



「…………は? 貴方、何言ってるの!! ふざけてないで、ちゃんと私の弁護をしてちょうだい!」



 真里子伯母はまた金切り声でそう叫んだけれど、伯父は全く動じなかった。



「真里子はあらかじめ奈美子さんがいつも飲んでいた眠くなる花粉症の薬を盗み準備をしていた。直人さんが普段薬を飲まず特に効果が出やすいと分かった上で用意をしたのです。まだ家には幾つかそれが残っていますし、その他の証拠も揃えてあります。なんなら普段から奈美子さんを恫喝していた音声も用意しています。……これは、元々は真里子との離婚の為の証拠として集め出したものでしたが」



「……やはり、真里子さんが妹奈美子さんに薬を飲まさせたんですか。直人さんがそれを飲まないと倒れるとか、そうしたらそれは貴方のせいだなどと恫喝して言う事をきかせたという事ですか……」



 鈴木さんは伯父の言う事に頷きそう言った。



「そうです。真里子は高木家の家族に対していつも傲慢で強引な態度でした。

それは我が家でもです。真里子が嫁いできてから我が家は悪い事ばかり……私は自分が妻を捨て真里子を選んでしまったのだからとずっと我慢していましたが……。

そんな中真里子は落ち目になった我が家より、どんどん裕福になっていく実家高木家を羨むようになった」


「……それが真里子さんの『高木家は元々自分のもの』という発言になるのですな。

しかし高木家は真里子さんがいた時には標準的な家庭だったと聞きました。豊かになったのは奈美子さんが直人さんと結婚してから。……普通ならばそれで実家の財産が自分のものとは考えないと思うのですが……」



 鈴木さんはそこが理解出来ない、と話すと伯父は頷き言った。



「それが、真里子の異常なところですよ。人の物も自分のもの。気に入らなければ怒鳴り散らせば大抵の普通の人は大人しくなってくれる。そんな歪んだ成功体験が彼女を益々増長させていったのです」


「あなた……あなたッ! 酷いわ、貴方のために今まで尽くしてきたのに……! あなたの子、和臣も可愛がってきたのよ? そんな私に酷いわ!」



 その時、外から若い男性の声が聞こえた。



「……僕はほぼ祖父母に育てられましたし、貴女にしてもらったのは高木家に連れて行ってもらったくらいかな? 僕の進学時には貴女は散財して我が家には財産はほぼ無くなっていましたしね。その後僕は色々あって実の母方の祖父の養子となったんです。父も、それを勧めてくれました」



 そう言って入ってきたのは和臣さんだった。そしてちょうど他の警察の方も到着したようだった。清本さんが玄関に鍵を開けに行き、たくさんの警察の方々が家に入って来た。



 ……私が伯母を見ると、まるで魂が抜けたかのように茫然としていた。宮野のおじさまと息子和臣さんに言われた事が相当堪えているようだった。

 そして伯母は、促されるまま他の警察の方に連れて行かれた。



 ……私達はその伯母の後ろ姿を見えなくなるまで見ていた。



「あなた方にもお話を伺わなければなりませんが、とりあえず病院ですね。

……沙良さん、顔の叩かれた跡がなんて痛々しい……。それに腕は大丈夫ですか? ……ッ! その腕の跡は?」



 最初清本さんはガムテープを外した時に見た私の頬の腫れを労ってくれた後、私の腕を見て驚いた。それを問われた私は自分の腕を見る。そこには百貨店から連れて来られた時に腕を強く掴まれた時の手の跡が赤黒くなって付いていた。



「……これ……。多分百貨店で真里子おばさまに強く掴まれた時の……」



「なんて事だ! ……痛みますか? 腫れていますね、これもキチンと診ていただかなければ」



 そう言って清本さんは急いでその場から私を連れて行こうとした。


 そこに、拓人が慌てて声をかけてきた。



「ッ待ってくれ!! 沙良と話をさせて欲しいんだ! その為に俺はここに……」



 拓人の言葉に私は足を止め、一つ息を吐く。そしてゆっくりと振り向いて拓人を見た。


 ……きちんと、彼と向き合わなければ。



「……拓人。病院から突然居なくなって御免なさい。今回も、事件に巻き込んでしまって本当に御免なさい。

そして、今まで私を守ってくれてありがとう。……だけど」



 私はもう一つ息を吐く。……私の中で、この数日皆から聞いたこの一年の数々の自分の行動や出来事を思い出す。



「私は思い出せないこの一年の自分がどうしても許せない。……そして、そうさせたのだろう拓人のことも。

守っていてくれたのは感謝している。けれど、あなたは元々浮気をして私を裏切っていた。そして……この一年は私の両親を裏切り、私の心も裏切った」



「沙良、それは……!」



 拓人は私に追い縋ろうとしたけれど、身体はまだ痺れたままで上手く動かないようだった。そして私も、彼から距離を取る為に後ろに下がる。清本さんも私を庇うように立ってくれた。



「……私は、これからの人生を貴方と生きていく事は出来ないわ。

拓人。……一年前、貴方が私に誠実に向き合ってくれていたのなら……」



 私はそう言って涙を流した。



 拓人は絶望したような表情をしていた。……だけど、私にはもう拓人といる未来は有り得なかった。




「……もう救急車が来ます。松浦さん、貴方は不明な薬を飲まされているので先に乗って治療を受けてください。沙良さんは別で向かいますので」



 横から鈴木さんが声をかけてくれた。正直同じ救急車に乗るのは辛かったので、鈴木さんに心の中で感謝した。



 拓人は先に救急隊の方に連れられ、私もその後別にすぐに病院へと向かった。


 ……拓人が最後まで私を見ている事には気付いていたけれど、2人ともそれ以上何をも言うことはなかった。


 

 

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