第35話



「……本当に、ありがとうございました。お陰様で沙良も検査入院で異常なしとの事で今日退院出来る事になりました。これも鈴木さんと清本さんのお陰です」



 沙良の退院の日、伯父三森誠司は忙しい仕事の合間を縫って誠司の会社の近くにある鈴木刑事達のいる警察署を訪れていた。


 この2人の刑事が高木家にすぐに向かってくれたから沙良は助かったと聞いた誠司は、2人に心からの礼を述べた。



 誠司の妻綾子が目を離した隙に伯母真里子に攫われた沙良。その知らせを聞いた時は生きた心地がしなかった。



 警察から沙良が無事に保護されたと連絡が入る迄の数時間が、誠司と綾子には何十時間にも感じられた程だった。



「いいえ。三森さんが沙良さんを思う気持ちが回りまわって私たちを動かし沙良さんを助けたのです。姪である沙良さんを大切にされている三森さんのお心は痛い程感じておりますよ」



 そう言って3人が話していると、別の刑事と松浦拓人が前から歩いて来た。



 事件で飲まされた薬での身体への影響はないだろうと検査後すぐに帰宅した拓人が、事件の事情などをもう一度聞く為に警察署に呼び出されていたのだ。

 拓人のした事は非常識ではあるものの、罪になるとは言い難い。しかし今回の真里子の犯罪の端々に彼は巻き込まれていた為、あくまで任意の聴取だった。


 先程までは鈴木と清本もそれに加わっていたのだが、一通り話も聞いたので挨拶に訪れた誠司の所に来ていたのだ。



 一階の応接スペースにいた誠司に拓人が気付き、慌てて頭を下げた。



「…………久しぶりだね」



 誠司が声を掛けると、拓人はのろのろと顔を上げた。


 2人が会うのは沙良の両親の四十九日法要以来。



 ……随分と、痩せて面変わりしたな。


 それが誠司の今の拓人を見た印象だった。

 


「…………あの。今日は沙良は……?」



 呟くような小さな声で聞いて来た拓人に、3人は少しゲンナリする。

 ……お前に沙良に会える資格があると思っているのか、と。



「……沙良は今日退院後、そのまま両親の墓参りに行く事になっている。事件が公表されれば、おそらくしばらく世間は騒がしくなる。外に出づらくなるかもしれないからね」



 誠司が冷たくそう言うと拓人は明らかにガッカリとし俯いたが、清本は途端に心配そうな顔をして誠司を見た。

 それに気付いた誠司は『勿論、あの子には信用出来る秘書を付けて行かせている』と付け加えると、すぐに清本は安心したかのように息を吐いた。



 その2人の反応の差を見て誠司は思う。


 ……この清本氏は沙良の安全や心を案じてくれる。しかし松浦拓人というこの男は、沙良に執着し自分が会いたいという欲求ばかりだ。



 誠司がそう思って拓人を見ていると、別の署員が現れて鈴木に何かを耳打ちした。途端に顔色が変わった鈴木に3人はどうしたのかと彼の次の言葉を待つ。


 すると鈴木は鋭い視線を拓人に向けた。



「……松浦さん。貴方、沙良さんが階段落下後退院するまで持っていたスマホの番号、今まで誰に伝えましたか」



 鈴木はそう問いながらも、既に誰に伝えたかを想定しているかのようだった。



「沙良の番号……? あれは誰にも伝えていません。あれは俺と沙良専用の連絡の為で……」



 拓人は戸惑いつつもそう断言した。

 しかし、蛇のように鋭い目で拓人を捉えた鈴木は言った。



「……しかし、その専用電話に貴方の浮気相手から電話がかかっていた。……松浦さん。アンタ沙良さんを愛してるだのなんだのと言いながら結局まだ浮気相手と会ってたんじゃないんですか?」



 鈴木のその発言に誠司も清本もギロリと拓人を睨んだ。



「……は!? そんな馬鹿な!!」



 拓人はすぐにそう言った後、すぐにハッと何かに気付く。



「……そうだ、アイツ……! 刑事さん、俺はあの女とはずっと会ってなかった! それは本当です! けど、確かあの階段の事故の2、3日前にアイツに待ち伏せされて捕まったんです。俺はすぐに振り払って逃げたけど、その後スマホがなくなっているのに気付いて……。すぐにその場所に戻ると、近くの植え込みに俺のスマホが落ちていた。……もしかして、その時にアイツが沙良の番号を……?」



 茫然としてそう言った拓人。


 それを聞いた清本は鈴木を見て言った。



「スーさん。それってまさか、階段事故の当日に沙良さんに電話をかけていたのは……」



 鈴木は頷いた。



「沙良さんの階段事故当日の非通知の着信は松浦氏の浮気相手、高橋未来のスマホからだと判明した。……すぐに話を聞きに行くぞ」




 その時、誠司のスマホが鳴る。誠司は「失礼」と断りを入れその電話に出た。



「もしもし。……ああ、この度は大変お世話になりました……え? 病院に不審な若い女が?」



 今度は誠司の電話に残りの3人が反応し聞き耳を立てる。



「ええ、……はい。分かりました。お知らせいただき感謝いたします。……鈴木さん!」



 誠司は電話を切るとすぐに鈴木の名を呼んだ。



「大変です! 病院から、沙良の退院後すぐに不審な若い女が沙良の行き先を聞いて来たと……。随分な勢いだったので病院の受付はつい『墓参り』に行くようだったと答えたそうなんです!」



 3人は驚く。



「不審な若い女ってまさか……!」



 2人の刑事と誠司は拓人を見た。

 拓人は驚き呆然としながらも呟く。



「まさか、未来……? でも俺は本当にこの一年アイツとは会ってなかったんですよ!? なんで今更……!」


「そんな事はどうでもいい! とりあえず『墓参り』だけで沙良さんの家の墓の場所まで特定出来ないとは思いますが、念の為にすぐ彼女を迎えに行った方が……」



 清本は今すぐに飛び出していきそうな勢いでそう言ったが、鈴木はそれを止める。



「いや。それよりも沙良さんに連絡して早めに墓参りを済ませてすぐに帰ってもらえば……」


「そうですな。それでは秘書に連絡を……」




「…………知ってます」



 その時、拓人の呟きに3人はもう一度彼を見た。



「……多分、未来は高木家の墓の場所を知ってます……! 大学時代、沙良が自分の家の墓は海の見える綺麗な場所にあって近くには保養所もあるって話をしたらそこへサークルの皆で合宿に行こうって話になって……。その中の数人で沙良の家のお墓参りにも行きました。多分、そのメンバーに未来もいたはずです……!」



「「「なんだって!?」」」



 3人は一斉に声を上げた。



「やっぱり俺は沙良さんのところへ向かいます! 三森さん、場所を教えてください!」



 清本は誠司にそう詰め寄り高木家の墓の場所を確認する。鈴木は他の署員と拓人とで高橋未来の住所などを確認した。


「鈴木さん……! 秘書と連絡が繋がりません! 確か高木家の墓のある場所は電波が悪くて……。私も後から追いかけてもいいですか!」



 誠司はもうこれ以上後悔するのは絶対に嫌だった。

 ……たった1人の大切な弟を失い、その忘れ形見でもある可愛い姪までも失う訳にはいかない。もしも沙良が本当に狙われているなら今度こそは必ず助けたい。その一心で仕事の調整をして警察車両を追い誠司の弟の墓へと向かったのである。




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