第6話
「松浦沙良さん、ですね。少しお話をお伺いしたいのですが」
病室に入ってすぐに、私に警察手帳を見せた男性2人はそう告げた。
50代位の少し鋭い目のベテラン風の鈴木さんと筋肉質な30代位の清本さん。
……本物を、初めてみたわ。
私は少し緊張しながら、刑事さんにどこまで説明していいのか迷っていた。
そして、自分の名前が『松浦』と拓人の姓になっている事に気付く。婚約の時点では同居はしないものの姓は私側の『高木』姓にすると話していたのに。
そして清本さんが話し出す。
「まず、貴女がA駅の階段から落ちた件ですが……」
「……A駅?」
私は思わず声を出した。私の実家は少し郊外寄りのB駅、拓人のマンションは下町寄りのC駅が最寄駅。A駅は少し前から超高層マンションが建ち並ぶ高級なエリア。少なくとも私とはほぼ縁がない場所で行った事が無かったから。
「……何か不審な点でも?」
「……いえ、私は今までA駅には行ったことがなかったので……」
私がそう言うと、刑事さんたちは明らかに不審な顔をした。
「行ったことがない? 貴女が住んでいる街でしょう?」
呆れたように言われた。
でも、私が住んでいる?
「……あの。私は拓人のマンションに住んでると聞いています。なら最寄駅はC駅ではないでしょうか」
A駅とC駅は、歩いて行ける距離ではない。
タクシーでも2、30分はかかるだろう。
「C駅? 何を言って……。ああ確かに松浦拓人氏の以前のマンションの最寄駅はC駅だと思いますが、あなた方が今のマンションに引っ越してからもう3ヶ月くらい経つでしょう?」
清本さんは少し呆れたように言った。
確かに3ヶ月住んでいた人間の言葉としたら最寄駅に行った事が無いなんて何を言ってるんだという話だろう。
「引越し……。そう、なんですか……。でもA駅の近くって確か高級マンションが立ち並ぶところですよね? 拓人が……、何故そんなところに……」
刑事さんたちは呆れているようだが、私には拓人がどうして引越ししたのか不思議だった。婚約が決まった頃、暫くは拓人の職場に近い彼のマンションで暮らすと話をしていたから。
「所謂、億ションというやつですな。……貴女のご両親の保険金や預貯金が入ったから、ではないんですか。それに今貴女もそこに住んでいるじゃありませんか」
さっきまで聞き役に徹していたベテラン風な刑事鈴木さんが少し冷たく言った。
「……刑事さん。実は私、この一年の記憶が全く無くて……。私の中ではまだ両親が居た時の私の交通事故の直後の記憶までしかないんです。だから今回階段から落ちたという事も拓人と結婚したことも、……両親が死んだ事も……何も覚えていないんです」
「……それはまた……」
そう言って刑事さんたちはいったん口をつぐんだ。けれどこの話を信用した訳でもなさそうだ。
「医師から、記憶の混乱があるようだとは報告を受けています。……確か、一年前の交通事故の時にも記憶を失われたのですね?」
清本さんが私の反応を見ながら尋ねてきた。隣にいる鈴木さんの眼光も鋭い。
「……そう、聞いていますが私はそれすら覚えていなくて……。初め私はあの交通事故の後この病院にいるのかと思っていたのです」
今の私にはこうしか答えようがなかった。
「……それなら、階段の事故の件は答えようがない、ということですね」
「……はい。私は昨日まで実家で暮らしていると思っていました。初め、どうして両親はここに来てくれないのだろうと、そしてどうして拓人が身内のように振る舞うのだろうと、不思議で不安でした。……あの」
「……? なんですか」
私が清本さんの顔を真剣に見つめた。……どうしても、第三者の目で見た話を知りたかった。
清元さんは不意に私に問いかけられ、少し戸惑ったように表情を揺らした。
「私の両親は、交通事故で亡くなったと聞きました。どんな事故だったのか教えていただけないでしょうか」
刑事さんたちはお互い目を見合わす。
そしてベテラン刑事鈴木さんが頷き、若手刑事清本さんが両親の事故の経緯を話し出した。
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