第7話




 両親の事故は、簡単に言えば父が起こした単独事故。車がカーブを曲がりきれず壁に激突した。……父と母以外の被害者がいなかったのが不幸中の幸いだった。


 そして、死んだ父からは違反にならない程度のごく微量のアルコールの摂取が認められた。


 父は決してアルコールに強くはなかった。だから運転より随分前に摂取したということも考えられるそうなのだが……。



「それとね。花粉症の薬も飲まれていたようで、事故の原因は『居眠り運転』という結論になりました。それと当時ご両親は相当お疲れで、周りからも随分と心配されていたそうですよ」



 鈴木さんはそう言って私を冷たく見た。両親と同じ世代の鈴木さんはこんな親不孝な娘が許せないのかもしれない。



「お父さんとお母さんがそこまで……」



 私の事でそこまで両親に心労を掛けてしまっていたのだ。交通事故で記憶を失い、婚約者に縋り囲われてしまった憐れな娘が両親を事故に追い込むほどの心配をさせたのだ。

 

 俯き塞ぎ込んだ私に、清本さんは少し気遣うように聞いてきた。



「お父さんは、花粉症だったのですか?」



 不意に聞かれたその問いに、私はほぼ即答した。



「父は……花粉症ではありません。母も私も花粉症なのに父だけがなっていない、と毎年家族で話をしてましたから」


「……まあ、突然発症する事はよくありますがね。お母さんの花粉症はきつかったのですか? 相当強い薬を処方され飲まれていたようですが……」


「母も私も毎年とても酷かったです。母がいつも飲む薬はよく効くけれどとても眠くなると話していました。……そんな話を毎年していましたから、父が突然花粉症になっていたのだとしても運転前にそれを飲むとは思えないのですが」



 慎重な父が運転前に微量のお酒と酷く眠くなると分かっている薬を飲むとはとてもではないが考えられない。もしも飲んだ後に出かける事になったのなら、公共交通機関やタクシーを使っただろう。


 真剣な様子の私を見て、ベテラン鈴木さんが言った。



「……それはお父様のお兄様もそうおっしゃっておられましたよ。そしてよく調べてくれと何度も頼まれましてね。私は弟想いのその方々とお会いしていましたから、ご両親の事に無関心な一人娘の貴女がどれほど薄情な人間なのかと思っていましたよ。親の事より婚約者なのか、と」



 ……だから、ずっと私に冷たい目を向けていたのね。だけど、それは事実なのだろうから仕方がない。いくら記憶が失くしていたといっても、両親の死を聞いても動かなかったのは確かに私なのだろうから。



「……覚えていない、だけでは理由になりませんね。当時の自分の事を覚えてはいませんが、それは事実なのでしょうからその非難は間違っておません」



 私はこの一年の自分がいったい何をどう考え生きていたのか全く分からない。……そして理解も出来なかった。


 酷くもどかしい、モヤモヤとした思いが私を襲う。



「……失礼ですが、本当にこの一年の記憶がないのですか?」



 清本さんからそう再確認され、私は頷いた。



「……はい。そして両親にはとても申し訳ない事をしたと思います。そして刑事さん方には両親の事を調べていただき心から感謝をいたします」



 私はおそらく両親の事を調べてくれたのであろう刑事さん達に頭を下げた。




 ◇



「……スーさん、どう思いますか」


 よく30代に間違われるがまだ27歳の清本は、ベテランだが口の悪い上司で相棒の鈴木に尋ねた。ちなみに『スーさん』とは『鈴木』という名からその昔の有名な映画の登場人物にちなんで上司につけられたあだ名だそうだ。



「……どうって? 親不孝娘のことか?」



 そう切って捨てた鈴木に清本は苦笑いをする。



「親不孝はともかく、俺は彼女の自作自演などではないとは思いますね。……まあ一人娘が親を殺して財産を奪うなんて必要もないでしょうし。一年前まで親子の関係性も良かったようですから」


「……親不孝娘は……まあシロだろうがな。おそらく、高木家の財産を狙うゴタゴタに巻き込まれたんだ。親不孝にも、しょーもない男を婚約者に選んぢまったってとこか」


「……じゃあ、やっぱり松浦拓人氏ですか」



 清本は目をすがめて鈴木を見た。



「今の時点じゃ一番臭いが、まだ決めつけんなよ。キヨ、一方に気を取られ過ぎたら大事な何かを見逃しちまうぞ」



 そう言ってポケットからスルメを出して齧る鈴木を、『キヨ』こと清本は今度は呆れた目で見るのだった。


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