第8話
……両親の死は、私が招いた事だった。
私が交通事故に遭った事自体はある意味不可抗力ではあったのかもしれない。……いえ、それだって私が拓人の動向を調べる為に行き慣れない場所へ行き、動揺した注意力散漫な状態で横断歩道とはいえ左折してきた車に気付かなかったから。
そして何よりも、その後がいけなかった。どうして記憶喪失になった時、拓人に縋ってしまったのか。両親の元から飛び出し心配をかけ彼の元にいたのか。
そして両親の死を聞いていながら、不審にも思わず彼の元に居続けたのか。
私は大きくため息を吐いた。
……分からない。今の自分はその時の事を全く覚えていないし理解も出来ない。
けれど、これは間違いなく自分がとった行動。
この一年の事はどれだけ考えても思い出せない。モヤモヤが広がるだけ。
では、一年前を思い出した今の自分はいったい何が出来る?
この失われた一年の事はどうにもならないが、今から動く事は出来る。……今の自分が出来る事、すべき事は?
私は枕元にあったスマホを取った。
◇
病院の外に出ると、雲一つない空だった。
……私の心とは正反対ね、と思いながら迎えの車に乗り込んだ。
「転院の手続きは済ませております。一通りの検査を受けていただいた後、病室でお休みください。お待ちの方は夕刻頃お越しになるそうです」
看護師さんに案内され、一通りの検査の後個室の病室に入りベットに横になる。
……やっぱり、まだ移動するのは身体が辛いわね……。
拓人も『沙良は最近運動不足』だと言っていた。私はずっとマンションに篭っていたのかしら?
……だとしたら、階段の事故の日。どうして私は1人で出掛けたのかしら?
そういえば、スマホに事故当日の朝に非通知の着信履歴があった。それと関係があるのかしら……。
そんな疑問が浮かぶ中、私はどうやら疲れてウトウトと眠ってしまっていたようだった。
病室をノックされた音で、私は目を覚ました。
「沙良……?」
入って来たのは、伯父である三森誠司。……父の兄だ。
「伯父さま……!」
私は伯父の顔を見た途端、思わず涙が溢れていた。
「沙良……。少し、痩せたのではないか? 随分心配したんだぞ。お前は自分の両親の葬式でも顔を見せてすぐに帰ってしまって……。あの男に、洗脳されていたのか!?」
伯父は私の目の前に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい、伯父さま。私はその時の事、何も覚えていなくて……。数日前に階段から落ちたらしくて、この一年の記憶が全くないみたいなの。……その代わり、一年前までの事は昨日のことみたいに覚えているのだけど……」
伯父の家は資産家である三森グループの親戚の末席ではあるが、一つの小さな会社の社長を任されている。
その家の次男だった父は名ばかりの旧家であった母の高木家に養子に来てくれた。恋愛結婚だったそうだ。
ちなみに母の姉は古い付き合いばかりある旧家を嫌って弁護士の伯父と結婚し家を出たと、チラリと親戚から聞いた事がある。
「記憶が……。では一年前までの、まともな沙良が戻ったと考えていいのだな?」
「一年前がまともかは分からないですが……。男の人を見る目もなかったですし。
それよりも伯父さま。刑事さん達から話を聞きました。お父さん達の事故のこと……。伯父さまはお父さんを信じて動いてくれてたんですね」
「自分の弟の事だ。当たり前だろう。アイツは慎重で石橋を叩いてから渡るタイプだった。酒や花粉症の薬なんて飲んで運転をする筈がない」
伯父はそうハッキリと言い切った。……私もそう確信しているので頷く。
「……そして、お前の『夫』の事だ。私を呼んだという事は……、刑事さんから聞いたのか? 彼がお前の両親の財産を自由に使っている事を」
「ッ!? 父の財産を……!? ……高級マンションを買って住んでいる事は刑事さんから聞きましたが……。
お父さん達の家を売却しようとしていた事は本人から聞きました。私の記憶が戻って家に帰ると言ったら、彼が家を売りに出すつもりだと言ったんです。『親戚に止められた』と彼は言っていたけど、伯父さまでしょう?
……本当に、ありがとうございます」
「弟の四十九日の時に売却すると聞いたんだ。何を馬鹿な事をと全力で止めたよ。しかし実子である沙良の名を出され、押し切られそうにはなっていた。今沙良の記憶が戻って間に合って良かったよ」
その話を聞いて、私は驚いた。
「伯父さま。……私は両親の四十九日にも行っていなかったの?」
途端に伯父はなんとも言えない、困った顔をした。
「……そうだ。だから私たちは沙良が余程身体の状態が悪いのかと思っていた。いや、ハッキリ言うとお前を悪く言う者たちもいた程だ。
……沙良。お前はもう成人した大人だが、実家に帰ろうと考えているのなら退院後は暫くうちに来るがいい。今のお前の周辺は、あまりにも物騒だ」
伯父の話を聞き、私は少し考えてから小さく頷いた。
両親の事故に階段落下事故。
そしてこの一年の記憶がない私の納得のいかない行動。
事故なのか事件なのか分からないままでは拓人の側にいる事は勿論、実家に帰ったとしてもしもそれらが本当に事件ならばまた狙われるだけだろう。
私は伯父の好意に甘える事にした。
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