第13話



「……直人の事故の直接の原因は、『居眠り運転』。違反にならないごく微量のアルコールと薬と……疲れ。車の不備はなかったようだ。

しかし直人は医者に処方されたものくらいしか……いやそれすらきちんと飲まないくらいの薬嫌いだった」



 自分のたった1人の弟の事故の話をする伯父の表情は辛そうだった。



「…………はい。確かに父は薬をあまり飲みませんでした。以前抜歯した時に余りの痛みに珍しく処方された痛み止めの薬を飲んでみたら凄くよく効いたみたいで。やはり薬は無闇矢鱈に飲まない方がいい、そうしたらいざという時にはよく効くからって……得意げに話してましたね……」


 私は得意げに笑って話す父の姿を思い出しながら言った。



「そう。直人は本来薬はあまり飲まない。それなのに花粉症の薬を飲んだ後の事故だと聞いて私は疑問を持った。……あの事故の前に直人用に薬を処方された記録もなかったし、アイツが奈美子さんの薬を勝手に飲むとは思えない。そう考えるとやはり私にはあれがただの事故だったとはとても思えないんだ。

しかしそうなると、あの薬嫌いの直人にどうやって運転前に薬やアルコールを飲ませたのか、という話になるんだが……」  



 伯父はおそらく弟の事故後、ずっと色んな可能性を考えていたのだろう。



「薬をそのまま飲まないのなら、何か他のものに混ぜたのかな? 珈琲とか味の濃いものなら味を誤魔化せるんじゃない?」



 光樹さんがそう言えば、綾子さんも考えつつ言った。



「そうね。もしそのままその薬を飲んだならそもそも直人さんは自ら運転をしなかったでしょうし」

  

「……その後詳しく調べられる事も想定して、母がその時期いつも飲んでいた『花粉症の薬』を誰かが父になんらかの形で飲ませた……という事ですよね。それらを知っていてそれが可能な人物として、警察は拓人や私を疑っているということなんですね……」


 

 この伯父ですら、私の母が飲んでいた薬の種類までは知らないと思う。父の事故を事件だとするならば、余程身近で我が家の事情を知っていないと不可能だと思う。



「勿論沙良が関係しているとは思っていないが、沙良からそれを上手く聞き出した、若しくはそれまでの話で知っていた可能性もある。

……まあそれも、その時の沙良が事故前の記憶を取り戻していたらという事になるが……」



「それだって沙良ちゃんが記憶を失う以前に拓人は知っていた可能性もあるだろ? 何度も高木家に出入りしてたって聞いてるし」



 光樹さんは乗り出して言う。やはり彼の中では拓人が犯人なのだ。



「私が席を外していた時もあるけど、両親と拓人はそこまで打ち解けて話をしてなかったと思うわ。わざわざ実物の薬を見せる訳でもないでしょうし、母の薬の種類なんて彼には話していないと思う。

……それに実は婚約が決まってから、晩酌して酔った父に『実は結婚に賛成していない』って言われた事もあったし……。あの時は娘が結婚する時の父親ってこんな感じなのねって思ったのだけど」


「直人がそんな事を。……あいつもその時から何かを感じてたんだろうか。

そしてそうか……。拓人君は薬の種類までは知らない可能性が高いのか……」



 そう言って伯父は少し考え込んだ。



「その時は知らないってだけだろ? もしかしたらその後に何か別に知る機会があったかもしれない。

俺はやっぱり拓人が何らかの方法で叔父さんに薬を飲ませたんだと思う。事故の直前に会っているし、ずっと沙良ちゃんに暗示をかけて洗脳してたようなヤツだからな」



 光樹さんはそう吐き捨てるように言った。

 光樹さんは昔からちょっと暴走もするけど、本来は家族思いの優しい人。今回も私たち家族の為に怒ってくれているのだ。



「光樹さん……。

……そうだわ伯父さま。私、もう1人の従兄の和臣さんにも少し相談をしたの。ちょうど拓人の目を盗んで病院にコッソリお見舞いに来てくれたのよ。それで彼からこの一年の客観的な事情を聞く事が出来たの」



 私の従兄は皆優しい素敵な人ばかりだ。私は少し温かい気持ちになって伯父にそう言ったのだけれど……。



「…………和臣? 高木家のお義姉さんの義息子か?」



 誠司伯父さまから返ってきたのは、明らかに不信感に溢れた声だった。



 

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