第19話


 翌日に幼馴染の舞に連絡を入れると、次の日には彼女は三森家を訪ねて来てくれた。



「沙良……! 心配したのよ。身体は大丈夫なの!?」



 そう言って舞は私の身体を気遣いながら優しくハグした。



「舞、ごめんね。体力は少し落ちているけれど身体は大丈夫よ。階段から落ちた時の打ち身も腫れは殆ど引いているの」



 舞は一つホッとしてから、今度は泣きそうな顔で私をジッと見ながら言った。



「……一年前の沙良の交通事故は留学先で聞いたの。けれど年末にこっちに戻った時には沙良に会わせてもらえなかった。あちらに戻って暫くしたら今度はおじさま達が亡くなったって聞いて……。そして今また貴女が転落事故にあったって聞いたのよ。いったい何がどうなっているの?


「舞……。お見舞いにも来てくれていたのね。会えなくて御免なさい。私は一年前の事故で記憶を失っていて……。今回の事故で一年前の記憶は戻ったんだけど今度はこの一年の記憶が全く無いの。だから説明したくても出来ないのよ……」



 私がそう事情を話すと舞は驚く。



「……そうなの? じゃあ沙良が結婚したっていうのは?」


「……それも全く、覚えていないの。今回病院で目が覚めた時には一年前の交通事故の後だと思ったくらいで。……でも母は居ないし、何故か『彼』が居るし……」



 私は今の自分が分かっている事を、幼い頃からの親友である舞に話をしたが……。彼女の目がだんだん吊り上がっていく。



「……ちょっと待って。それってその時点で松浦氏の行動は充分にアウトじゃないの? 病院から沙良を連れ去って自分に縛り付け勝手に結婚までするなんて!」


 舞は憤ったが、私は俯いて言った。


「……その時の私が、何故か拓人から離れなかったそうなの。……ねえ、舞。この一年の私は本当に最低だわ。両親を悲しませて、死に追いやったのは……他でもない私なの。

……私……、どうしたらいいのか分からない。お父さんとお母さんは……もう居ない。どうやって2人に償ったらいいのか……分からないの……」



 私は、今自分の中にある渦巻くような苦しい思いを始めて口にしていた。

 ……私自身こそが、大切な愛する両親を苦しめた張本人なのだと分かっていたから。



 伯父様達は何も言わない。……けれど、何より私が一番よく分かっている。全ての元凶は自分なのだと。


 私の目にはいつの間にか涙が溢れていた。



「沙良……。貴女が自分を責める気持ちも分かるけれど、その全ての原因は松浦氏でしょう。沙良の話を聞くに、彼は記憶を失った沙良を洗脳し親から隔離した……。

それに……松浦氏の浮気の事、大学の仲間でも結構な噂になってたみたいよ?」



「拓人の浮気が……大学のみんなに知られているの?」



 私が驚き聞き直すと、舞は頷いて話し出した。



「あの2人は相当堂々と浮気していたみたいよね。あの未来って子の住んでた街で2人は会っていたみたいだけど、その周辺には彼らの顔見知りもたくさんいたってこと。そこで堂々と2人で恋人のように振る舞っているのだから、あっという間に大学の仲間に知れ渡ってその内彼らの会社にも伝わったそうよ。そしてちょうどその頃沙良の事故があった。彼らは会社内でも針の筵になってそのまま辞めてしまったと皆から聞いたわ」


「大学のみんなも、会社の人にも……? そして拓人は会社を辞めていたの……」



 大学時代の友人達は皆拓人と沙良が付き合っていると知っていると思う。そして彼らの多くはこの街周辺で働いていた。そんな中同じサークルだった未来と恋人のように過ごす拓人の姿を見られたなら、話は一気に広がったのだろう。


 そして拓人が平日も沙良の病院によく来ていたのは、やはり彼が会社を辞めていたからだったのだ。



「自業自得よ。今は松浦氏は友人が起業した会社にいるらしいけど、あまりパッとしないみたいね。浮気女の方は知らないけど、噂を広めたのは貴女だって誰かに言ってたみたい。沙良は事故後は人と会っていないし何より広められて困るような事をしたのは自分たちなのにって皆呆れて怒ってたわ」


「未来が……。私のせいだと? でも私はつい最近まで記憶がなかったからそんな事……」


「ええ。だから本当にタチの悪い逆恨みなのよ。とんでもないわよね。とにかく沙良は彼らの悪巧みに巻き込まれたの。貴女のせいなんて事は絶対にないからね」



 舞は強くそう言い切って私の手を取った。



「ご両親の事はとても残念な事だったけれど……。でも沙良はこれからおじさまやおばさまの為にも強く生きていかなければならないわ。私ももう少し日本に居るからその間はなるべく沙良の側にいるわ」



「舞……。……ありがとう。

そうね、私は両親の分まで強くならないといけないのよね」



 まだ元気は出ないながらも弱く微笑み返した私を、舞はそっと抱きしめてくれた。


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