第6話-1

 椿姫つばき幼馴染おさななじみ高坂こうさか典子のりこに放課後呼び出された結莉おれ


 しかし放課後までまだ時間はある。

 それならまずすべきことは状況確認だと次の休み時間、椿姫のいるA組に向かった。

 思えばA組に来たのはこれが初めてだな。


 着いて開かれていた扉から中の様子をうかがい椿姫を探す。


 ……いた!

 さすが美少女。目立つので速攻で見つかった。

 クラスの女子たちと楽しそうに話している姿に、なぜかわずかにもやっとした感情が湧いたがそれは無視しておこう。


 さて、ここからどうするか。

 1.ここから呼びかける

 2.教室に入って行く

 3.近くにいる誰かに椿姫を呼んでもらう

 ……礼儀としては3か?

 とにかく目立ちたくはないんだが……。


「あっ! 結莉ちゃん!」


 うわっ!

 迷ってたら椿姫の方から気づいて駆け寄って来たので、視線が結莉おれに集まって目立ってしまった!

 ちなみにこれは後から椿姫に聞いた話だけど、結莉おれが教室内を覗き込んでいた時点で既に「なんか可愛い子が来てる」と、A組男子たちがそわそわしていたらしい。


「私に用でしょ? 私以外にいるわけないよね? それで何かな?」


 一瞬ヤンデレっぽいセリフが挟まった気がしたけど、聞かなかったことにしよう。


「実はちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いい?」


「ナイショのこと?」


「割と内緒で」


「じゃ、あっち行こっか」


 椿姫は結莉おれの手を取って、校舎の端の方へと進み出した。

 そっちには空き教室があるので必然的に生徒もいないのだ。


「で、聞きたいことって?」


 着くやいなや立ち止まって振り返り、壁ドンしてそう聞いてきた椿姫。


「誰かに見られたらあらぬ誤解を受けるので壁ドン体勢で聞くのはやめて」


「誤解じゃないからOKだよ」


「っ……」


 いや、ここで揉めてるほど休み時間は長くない。

 だったらむしろさっさと聞いて済ませてしまった方が早いと判断して結莉おれは聞いた。


「姫ちゃんの仕事の件、週末に何か動きがあったの?」


「あー、それ気になってたワケね。相談したんだしそりゃ気になるよね。うん、事務所の人とちゃんと話し合って、アイドルユニットの件はナシになったよ。声優志望に専念していいって」


「そ、そうなんだ。良かったね」


 と言うことは典子に呼び出されたのは椿姫絡みではないのか?

 いやでも椿姫絡み以外で典子と接点は無いしなぁ。


「でもその代わり……あー、これはまだいっか」


 意味ありげ感満載でニヤリとする椿姫。


「何その含みのある言い方」


 とても……嫌な予感がする。

 頼むからこれ以上、結莉おれの懸念材料を増やさないでくれ。


「て言うか、そんなこと聞いた理由って、べつに私のことを心配してたからじゃないんでしょ?」


「うっ」


 さすがに鋭いな。

 ……どうする?

 もういっそ椿姫に典子の件を言ってしまうか? べつに口止めされてたわけでもないし。


「実は、高坂こうさかさんから話があるって言われて、何かなって……」


「えー、私の知らないところで私の許可無くノリちゃんと仲良くされるのはアウトかなー」


「そんな微笑ましい状況なら相談しないって!」


「てジョーダンは置いといて、ノリちゃんって表情はなんか怖いかもだけど、すっごくイイ子だから心配要らないと思うよ」


「そ、そうなんだ」


 もしかして無表情なせいで誤解されがち系ってやつ?


「でも私抜きでイチャイチャするのは禁止だからね!」


「わ、わかったよ……て言うか、じわじわと顔を近づけて来ないで!」


 気づいたら椿姫の顔が目の前まで迫っていた。


「ちぇーっ、このまま気づかれなかったらキス行っちゃおうかと思ったのに」


 そんな美人顔が近づいて来て気づかないわけないだろ……。

 結莉おれの中のオスとしてのおじさんの心がドキドキしてしまっただろうが!

 あと、気軽にキスしようとすんな。しかも学校で。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 そして放課後。


 具体的なことは何も聞いてないので結莉おれは教室で典子の出方を待っていた。

 結莉おれからF組まで出向いた方がいいのかもとは思ったけど、ここは消極策だ。


 それにしても、椿姫と話した後からずっと考えてたけどマジで用件がわからない。

 一応俺なりに出た結論としては「あなたは椿姫ちゃんに相応ふさわしくないから近づかないで」パターンか? とも思ったけど、そんなこと目ざとい椿姫にはすぐ伝わって問題になるだろうし、そこまで考えが及ばない子には見えないんだよなぁ。

 やっぱりわからない。

 もう、どーにでもなーれー。


「ねぇ、辻蔵つじくらくん」


 その囁くようでいて声量はある声にギョッと振り向いた結莉おれわたる

 声の主はいつの間にか居た椿姫だった。

 なんで椿姫が航に?

 当の話しかけられた航もビックリしてるぞ?


「今日、結莉ゆいりちゃんはちょっと用事があるみたいだから、一緒に同好会に行こ」


「あっ、う、うん……」


 唐突に何言ってんだこの子は。航もめっちゃキョドってるじゃないか。

 いや、これはもしかして結莉おれに対して、自分は同好会に行って待ってるからさっさと用事済ませて来いってサインなのか?


「てわけで結莉ちゃん、さき行ってるねー」


「あっ、う、うん……」


 そう言って椿姫は航と連れ立って教室を出て行った。

 それどころでない結莉おれは、その二人の姿をクラスの男子たち、主に小津おづが目で追っていたことには気づかなかった。


 結莉おれは一人、机で審判の時を待つ。

 そして二、三分経った頃だろうか。


桜庭さくらばさん、お待たせしました。早速ですが移動しましょう」


 典子が結莉おれの席までやって来てそう言った。


「う、うん……」


 スタスタと教室を出て行く典子について行く結莉おれ


「あの……どこに?」


「そうですね。一旦、軽く話しましょうか」


 結莉おれの疑問に答えるように空き教室を指した典子。

 いや、軽くってなんだよ? 重いのもあるのかよ!?

 しかし今さらここで逃げるわけにも行かず、空き教室に入る結莉おれたち。

 ちなみに、むしろ逃げといた方が良かったと後悔することになるのだが。


「要点を簡潔に言います」


「は、はい……」


「来週、椿姫の誕生日があるので、そのプレゼントで桜庭さんに協力して欲しいんです」


「……なるほど?」


 それはつまり椿姫が欲しがりそうな物の買い物に付き合ってくれって話か?

 まぁ、その程度なら……。


「椿姫は最近はもう、ただ物をあげるだけでは満足してくれなくなって」


 ……ん? なんだか嫌な予感がしてきたぞ?


「なので直接聞いたんです。何が欲しいかって」


「う、うん、それで?」


「そうしたら『結莉ちゃんのコスプレが見たい』って」


「……はい?」


 数秒、俺の意識は凍結した。


「勘違いしないでください。正確には貴女あなたがコスプレした姿を見たい、です」


「そこは勘違いしないよ!」


 ツッコミ本能によって俺の意識解凍。


「なので、衣装は私が用意しますので、協力してください」


「いや、待って。待って待って!」


「いえ、時間が無いので本題に入るため移動しましょう」


 そう言って結莉おれの手を掴む典子。


「ま、待って~っ……」


 結莉おれはそのまま典子に引っ張られるように空き教室を後にしたのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 そのまま結莉おれが連れて来られたのは『服飾部』の部室だった。


 有無を言わさず連れ込まれた部室内には部員と思われる女子生徒たちが数名いた。

 おそらく先輩なのだろう、典子は一礼してから部室のすみ結莉おれを座らせる。


高坂こうさかさん、その子が例の?」


 いかにも部長っぽい人が話しかけきた。


「はい。1-Bの桜庭結莉さんです」


「なるほど。これはがありそうね」


「はい。は椿姫の折り紙付きです」


 さっきから結莉おれを置いてけぼりにして話が勝手に進んで行く。


「桜庭さん、申し遅れましたが私も服飾部ここの部員です」


「そ、そうなんだ……」


「私だけでは未熟なので先輩方も手伝ってくれるそうです。とてもありがたいです」


「そ、そうなんだ……」


「そう言うわけで早速ですが、採寸しますので制服を脱いでもらえますか」


「えぇっ……」


 そこで部員の一人がカチャッと内鍵を締めた。

 いやそれは結莉おれを逃がさないためと言うよりは他の誰かが入って来ないようになんだろうけど、それにしたって怖いぞ。


「不公平だと言うのでしたら私も脱ぎますが?」


「いや、そこまでしなくても……」


 むしろそれで公平性を保たれるのも意味が分からんし。


 それに下着姿を同性に見られるくらいは体育の着替えでもそうだしべつに抵抗は無い。

 ただ、取り囲まれて視線が集まってる状況だとさすがに恥ずかしくはあるが。

 そもそもそれ以前にコスプレ自体に一度も同意してないんだけど、そこはもう結莉おれの意思とは関係無く勝手に進んでしまっていて、結莉おれに人権は無いのかっ!?

 しかももう部室ここに連れ込まれた時点で引き返せる状況ではなくなってしまっている。

 なんと言う狡猾こうかつな罠なんだ……。

 いや、狡猾と言うのは勿論、黒幕の椿姫のことだぞ!

 結莉おれにコスプレさせたがっていたことなんてすっかり忘れて油断していた結莉おれが迂闊だった……。


「この脱衣カゴを使ってください」


「はい……」


 最早抵抗は無意味と観念して、結莉おれは制服のブレザーを脱ぎ始めた。


「ちなみにコスプレって、なんのキャラ?」


「モーリアン戦機のアニスです」


 あぁ、それって最近、椿姫が始めて航たちとプレイしてたソシャゲだな。ヒロインたち全員が人工生命体バイオロイドの。

 んで確かアニスって背がちょっと低めだけど乳はデカいキャラで、確かに結莉おれにピッタリなキャラだ。

 ……だからなんだって言うんだ。虚しい……。


「でもあのキャラって確か長いツインテールじゃなかった? 私だとさすがに無理では……」


 それでも抵抗を試みる結莉おれ

 ツインテールにすること自体は不可能ではないけどそれほど長くはないし、そもそもピンク髪に染めるのはかなり抵抗がある。


「ウィッグを用意してあるので大丈夫です」


 用意周到すぎる!


「そ、そうなんだ……てことは?」


「はい、衣装の素材ももう買って来てあります」


「用意周到すぎるよっ!」


 あ、やば。口に出してしまった。


「はい。準備万端の上でことに臨むタイプですので」


 うん、知ってた。と言うか、そんなタイプな気はしてた。


「……はい、脱ぎました」


 さて、そんな会話をしている内に結莉おれは制服を脱ぎ終わり下着だけの姿になっていた。

 とは言え下はショートパンツも穿いてるけどね。さすがにこれも脱げとは言わないよな?

 いや、逆になんかダサいので脱いでもいい気もしてはいるんだが。


 そんな結莉おれを見て、典子はやや言葉を失いかけたように言った。


「これは……想定より大きいですね」


 うん、乳のことだよね。わかってたけど目の前で明言されるとちょっと恥ずかしいぞ。


「やっぱり採寸させてもらって正解だったわね。見当だけで作ってたらパーンッて弾けてたかも」


 服飾部の部長(らしき人)にそう言われて、結莉おれは苦笑で返すしかない。


「それでは採寸を始めさせてもらいます。先輩方ご協力をお願いします」


 こうしてゾンビたちに群がられるように結莉おれは女子部員たちの手の中に埋もれていった……。

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