第7話-1

 週明けの月曜日。


 ちなみに昨日の日曜は家族と買い物に出て、追加で頼んでいたブラを受け取り、ついでに初夏用の服を何点か買って貰った。

 結莉おれにやたらと可愛い系の服を着せたがる母親と、さすがにそれは勘弁して欲しい結莉おれとの攻防を父親が温かく見守ると言う構図の結果どうなったかは、まぁ、いずれ披露する時に……。


「ね、ねぇ、桜庭さん、ちょっといい?」


 体育の授業が終わっての休み時間、隣りの席の航が話しかけて来た。


「何?」


「実はさっきの授業の時、小津くんに言われたんだけど」


「えっ? 何をっ?」


 まさか小津から先に仕掛けてきたのか!?


「今日の放課後、漫画アニメ同好会の見学をしたいんだって。気になってる漫画が置いてあるか知りたいからって」


「へー、そうなんだ……」


 なんだ。

 その程度なら結莉おれに呼び出されたことに対しての小津なりの言い訳シナリオに過ぎない。

 敢えて航にそれを告げることで結莉おれに伝わるのも想定したやり方だな?

 だがそれくらいは見逃して乗ってやろう。

 結莉おれとしても小津を追い詰めるつもりは無いんだ。

 この戦いは勝つことが目的じゃない。


「いいんじゃない? 私は椿姫とちょっと遅れて行くから、辻蔵くんが一緒に連れて行ってあげなよ」


「う、うん、そうだね。わかったよ」


 呼びつけておいて遅れるとはどう言うつもりだよだけど、呼びつけた当人が待ち構えていたら変に緊張してしまうかも知れないし、ここは部長のコミュ力に賭けさせてもらおう。

 それより今日の結莉おれには大事な用があり、正直、小津のことにかまけてる場合ではなかったのだ。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 昼休み。

 結莉おれは例によって服飾部の部室に来ていた。


 結莉おれは殆ど完成している衣装コスに身を包んだ。

 日々仕上がっていくところを目にしてはいたが、それにしても良く出来ている。


「さすが服飾部ですね。これ売り物になりますよ」


「コスチュームは見た目最優先で実用性に関しては『途中で破けなければいい』くらいで作っていますからね」


 若干ドヤりながら典子が答えたのに、服飾部の部長が続ける。


「それに私たち、むしろこっちが本職だしねー」


「はい? 本職?」


「説明していませんでしたか? 私たちは『服飾部』と言う名の『コスプレ部』だと」


「初耳だよっ!」


 つまり表向きは服飾部として活動しつつ、その裏ではコスプレをたしなむ部活だと言うことか!?


「えーと……それってつまり、皆さんもコスプレをすると言うことですか?」


「ええ、まだ『夏』までは時間がありますので、今回は先輩方にも桜庭さんのコス製作にご協力していただきました」


 夏って……もしかしてアレのことか?

 やば……この人たち、ガチか?

 そりゃ作る衣装コスも出来が良いはずだし、割と見た目も良い部員が揃ってるわけだよ。


「さて、お喋りはこのくらいで、では桜庭さん、ポーズを付けていってください」


「えーと……こう?」


 本題であるコスプレの最終チェックがいよいよ開始され、結莉おれはキャラ紹介画像のポーズを取る。

 正直、これだけでも恥ずかしい。


「ポーズを付ける際には決めゼリフも一緒にお願いします」


「えぇ~っ……」


「憶えていますよね? そうでなかったら再度今、確認を」


「憶えてはいるけど……」


 ゲームの該当箇所のプレイ動画のURLを典子から送られまくったからな……。

 ちなみに自分でゲーム自体もプレイしておこうとも思ったんだけど、このキャラはガチャで出なかったんだ……。


「では、お願いします」


 くっ……コスプレだけでも恥ずかしいのに、なりきりポーズどころかセリフまで言わされるなんて、想定以上の羞恥プレイだぞ……。

 しかし、引き受けてしまったからにはやらねばならない。

 正確にはんだけどな。


「“アタシにかかればアンタなんてイチコロなんだからね!”」


「いいですね。恥ずかしがらずに続けてください」


 それはつまり恥ずかしさが出ていて微妙と言う意味だな? くそっ……。


「“さっきからアタシのこと見過ぎじゃない? キモいんですけどー”」


「いいですね。その調子です」


 おっさんが演じている女子高生がゲームキャラを演じると言うこの二重構造ダブルインパクトの羞恥プレイよ。


「“べつにアンタのこと信用したわけじゃないんだから勘違いしないでよ!”」


「いいですね。かなりいいです」


 くぅっ……今どきこんなテンプレ過ぎなツンデレキャラなんて、なんで作った。

 あと椿姫はどうしてこのキャラが好きなのかも、いつか問い詰めたい。


「“覚悟はイイ? ぴょんぴょんショーターイム!”」


「はい、ありがとうございます。ではチェックしましょう」


「チェック?」


「今の動画に撮っといたから」


 いつの間にか結莉おれの様子を録画していた服飾部の部長が言った。


「今すぐ消してくださいっ!」


 しかし懇願も虚しく結莉おれの痴態を自ら確認させられることになってしまい、「ここの腕の上げが甘いね」とか細かい指摘が飛ぶ中、一刻も早く逃げ出したくて仕方なかった。

 しかもこれを当日は椿姫の前でやるのか……。

 一生こすられそうな予感がしてきてマジで逃げたい。


「衣装の方は問題ありませんね。では当日までに私たちは細かい箇所も仕上げておきますから、桜庭さんも気を抜かずにポーズの練習をお願いします」


「はい……」


 こうして昼休みの羞恥プレイから解放された結莉おれはフラフラと教室に戻ったのだった……。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 放課後。


 偶然か椿姫が結莉おれを迎えに来るタイミングが遅かったので、航は小津を連れ立って部室に向かって行った。

 行きざまにチラッと振り返った小津が「なんでおまえそこにいるんだ?」って目線を送って来たので軽く手を振って返しておいた。

 それから暫くして──


結莉ゆいりちゃん、お待たせごめーん」


 背後からバッと抱きつくように椿姫登場。


「じゃ、今日くらいは部活に行こっか」


 そんな椿姫を無視スルーして立ち上がる。


「へー珍しー。何かあるのかなー?」


 やっぱり目ざといな椿姫コイツ


 結莉おれは椿姫と部室へと歩きながら言う。


「姫ちゃんにとって面白いことは無いよ」


「何それ差別?」


「姫ちゃんって男子にあんまり興味無いでしょ?」


「そんなこと無いよ。ただ私の理想が高過ぎて学校ここでは興味対象がいないってだけで。あ、今言ったことはナイショだよ?」


「べつに言わないけど」


「そうそう、その方が私を利用しやすいでしょ」


「姫ちゃんを利用? ……まぁ確かに無いとは言い切れないけど」


 今すぐ具体的な例は思い浮かばないけど、この椿姫とのコネはいつか使う時があるかも知れないからな。


「うん、結莉ちゃんならリボ払いで許してあげるから、ご利用は計画的に♪」


「利用したくない度が一気に跳ね上がったよ!」


 そう返すと、なぜか椿姫は嬉しそうに結莉おれの手を握って、部室に着くまでそのままだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 部室に着くと、書棚の前に部長と航と小津が三人で立ってた。

 どうやら部長が小津にオススメ本を紹介しているところらしく、航は一緒に聞き入っているようだ。

 航では接待に不安があったのでナイスだ部長。


 結莉おれと椿姫は文庫本を読んでいた瀬戸先輩と向かい合って座る。


「瀬戸先輩、何を読んでいるんですか?」


「これ? 今期アニメでやってるやつ」


 そう言って瀬戸先輩はブックカバーを外して見せてくれた。

 出来が良いと話題になってるアニメのラノベ原作だ。


「先が気になっちゃって」


「わかります。それで原作に手を出しちゃいますよね」


「私はアニメが終わるまでは原作を読むのは我慢するかなー」


「え? 姫ちゃんが我慢するタイプだとは思わなかった」


 椿姫はムッとした顔を結莉おれのフトモモをスカートの上からぎゅっと掴んだ。

 おい、それ女同士でもセクハラだぞ。


「おや。桜庭くんと霧山くんも来てたんだね。彼は小津くんだ」


 選び終えたのか、書棚から戻って来た部長が言った。


「はい、同じクラスなので知ってます。でもどうしてここに?」


 結莉おれがしらじらしく聞くと、それに合わせるように小津が答えた。


「気になってた漫画が、もしかしたらここにあるかも知れないと思って、辻蔵くんに頼んだんだ」


「そっか。電子になってない昔の漫画、結構あるもんね」


 そうそう、こう言う感じに徐々に交流を深めていって──


「新入部員?」


 しかし空気を読まずにいきなり椿姫が切り込んでしまった。


「えっ、あっ、そ、そう言うわけじゃなくて……」


 その唐突さに結莉おれは言葉を失い、言われた小津もしどろもどろだ。


「でも、小津くんって『高校デビューの隠れオタク』だって聞いたよ?」


「えっ!? だっ、誰にっ!?」


 どう言うことだ?

 小津が隠れオタクで高校デビューなのがバレるのは二年になってからだぞ?

 既にそのことを知ってる奴がA組にいたって言うのか?

 でも小津の狼狽うろたえっぷりからしてA組にも小津の過去を知る奴なんていないみたいだが……。


「ごめーん。かまかけただけー☆」


 いや、可愛くてへぺろ☆されても、部屋の空気が完全に硬直してるんだが。

 部長でさえ固まるのは相当だぞ……。

 て言うか、むしろそのカマカケは機を見て結莉おれがすべき役だったんだが、まさかこんなにも早く爆発させるとは完全に想定外だ……。

 て言うか、それ本当にカマカケだったのか? 椿姫なら独自ルートで知ってても驚かないぞ。


「あー、勘違いしないで。全然バカにしてないし、そう言う努力って凄いと思うよ。感心しちゃう。でもねー」


「でも?」


 なんとか完全呪縛を逃れていた結莉おれが聞く。


「好きなことを隠してるのってつらいと思うし、だったらそれ込みで周りに好きになってもらった方がよくない?」


「!!」


 くっ……なんと言う正論パンチ。

 それができたら苦労しないと言う反論など受け付けないピュアな波動。

 こいつ、小悪魔の顔をした天使かっ!?


 しかし、もう結莉おれはこの流れに乗っかるしか無い。


「た、確か男性アイドルで、すっごいアイドルアニメオタクの人、いるよね?」


「は、俳優で、ガ、ガチのガンプラ好きの人もいるね」


 お、航が結莉おれの話に乗っかってきた。


「うん、オタクのイケメン芸能人って結構いると思うよ」


 そう瀬戸先輩が続けた。


「そうそう、だから高校デビューはそのまま頑張ってねってことで、でもオタクバレくらいどってことないんじゃないかな? むしろその方が小津くんも楽でしょ?」


 ここで結莉おれから硬直したままだって小津に最終パス。


「そ、そうだね……ちょっと無理してたかも知れないよ……」


「入部おめでとー!」


 ここでまたもや空気を読まない椿姫が拍手しながらそうぶち上げ、そしてもう乗っかっちゃえとばかりに、みんなも続いた。


「入部おめでとー!」


「あ、は、はい……」


 拍手を浴びた小津はそう答えるのが精一杯だった。


 そして椿姫は結莉おれにそっと耳打ちする。


「……これ、貸しだからね」


 こいつやっぱり天然のフリして、こっちの意図はお見通しで、全部計算でやってやがる!

 霧山椿姫、おそろしい子!

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