第7話-2

 4月23日・水曜日。


 遂に椿姫の誕生日が来てしまった。

 正直、椿姫にコスプレを披露するのは憂鬱ってほどではないにしても気は乗らない。

 おそらく椿姫は喜んでくれるだろうけど代わりに俺の大事な何かが失われそうな予感がして……。


 しかし、引き受けたからにはやらねばならない。

 交わした約束は守る。それはビジネスに於いて鉄則だし、「今は女子高生なんだから破ってもいいのでは?」なんて屁理屈に従うつもりも無い。

 これは俺が結莉おれとして生きる上でのすじなんだ。

 うん、なんだかんだ言って、ちょっとワクワクしてるのも否定は出来ない。


 とは言え放課後まで特にやることは無い。

 既に衣装コスは典子が家に持ち帰ってしまっている。

 今日は自家用車で椿姫の家までそれら一式を持って行くそうなので、結莉おれは着の身着のまま行けばいい手筈てはずだ。


「ね、ねぇ、桜庭さくらばさん」


 休み時間、隣りの席のわたるが話しかけて来た。


「何かな?」


「き、霧山さんへのプレゼントって、いつ渡せばいいかな? 放課後に部室で?」


 ちなみに結莉じぶんからのプレゼントもロッカーにしまってある。


「んー……今日は椿姫、直帰しちゃうかも知れないから、様子を見つつ、もし直帰するようなら一緒にバスに乗って、その時じゃない?」


「わ、わかった。ありがとう」


「一応、椿姫の家の人が車で学校まで迎えに来ると言う事態も想定して、放課後は私と一緒にいて」


「う、うん」


 もしくは典子と一緒に帰ってしまうってパターンもあるけど、結莉おれを招待している以上、とりあえず黙って帰ることだけは無いはずだ。

 航がプレゼントを渡すチャンスはどこかにあるだろう。

 それにしても、高校一年にして同級生の女子(しかも超美人)に誕生日プレゼントを渡すなんての俺からしたら考えられない成長だぞ。

 おれってやればできる子だったんだなぁ。


 と、しみじみとしていたところで航の席に小津おづがやって来た。


「なぁ、辻蔵つじくら


 小津はなし崩し的に漫画アニメ研究会の部員になったばかりなのに航に馴れ馴れしくなっていたが、それは結莉おれが気にすることではないので何も言いはしない。


「どうしたの? 小津くん」


「今日の部活、用事があるからパスするんで、よろしく」


「う、うん、僕たちも今日はパスだから部長に伝えとくよ」


「え?」


 小津の視線が結莉おれに向いたので、答える。


「今日は椿姫の誕生日に呼ばれてるんだ」


「え? もしかして辻蔵も呼ばれてるのか?」


「え、いや、僕は違うけど、その……」


「ああ、そう言うことか。わかった」


 小津はプレゼントのことを察したのか、そう返した。


「俺も、もっと早く知ってたら用意したんだけど、今回は仕方ないね」


「じゃあ椿姫には「小津くんが来年倍にして渡すって言ってたよ」って言っとくよ」


「お、おぅ……」


 そう言って小津は再びクラスの陽キャたちの会話へと戻って行った。


 ちなみに小津は昨日早々に『実はオタク』キャラなことだけはクラスメイトたちにカミングアウトしていた。

 まぁ、高校デビューなことまで明かす必要も無いし、オタクなイケメンタレント路線で固めておけば、それがバレてもみたいなことにはならないだろう。

 俺としては航の話し相手になってくれるだけで充分だし、そこから先は航自身がなんとかすることだからな。

 結莉おれは航のママではないので過保護は禁物だ。それでなくても現状既に姉的なポジションになりつつあるしな。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 放課後。


 予想通り椿姫は部活には寄らずに帰ると言い、結莉おれと椿姫、そして航は一緒に帰りのバスに乗っていた。

 以前と同じく最後列のベンチシートに結莉おれを真ん中にして左右に椿姫と航が座る形だ。

 結莉おれは機を見て、さりげなく航の太ももをちょんちょんとつついて、椿姫にプレゼントを渡すよう促した。


「き、霧山さん、あの、こ、これ、プレゼントです」


 ちなみに今の結莉おれ、めっちゃ後ろに身体を反らしているので、結莉おれの胸越しにプレゼントが差し出されてる。


「わぁ、持ってるのバレバレで、いつくれるんだろうって思ってたけど、ありがとー♪」


 正直すぎるぞ椿姫……。


「あ、でも、どうせならパーティーで受け取った方が良いかな?」


「「えっ!?」」


 結莉おれと航は同時に声を出した。


「そ、それって辻蔵くんも誕生パーティーに呼ぶってことっ?」


「うん、べつに一人くらい増えても全然問題無いしー」


 いや待て。それは困る。

 これからその席で結莉おれはコスプレを披露しなきゃいけないんだ。

 それを椿姫だけならまだしも、航に見られるなんて、そんなの……航の性癖を歪めてしまいかねない!


「い、いや、霧山さん、さすがにそれは……。ほ、ほら、いきなり男子なんて来たら親御さんだって驚いちゃうよ」


「あー、そっかー。そうかもねー」


 航、ナイスフォローだ!


「そうそう、どうせ男子を呼ぶんだったら、小津くんとか、もう何人か揃えとかないとバランス悪いし」


結莉ゆいりちゃんって、辻蔵くんと小津くんの、どっちが好みなの?」


「は?」


 いきなり何を聞いてくるんだ、この子はっ!?

 だが、ここで動揺しては弱味を握られてしまうようなものだ。ならば──


「んー、性格なら辻蔵くんかな。でも見た目は小津くんの方が良いし、二人が融合合体フュージョンしてくれたらちょうどいいかなぁ?」


「だって。辻蔵くん、見た目もがんばってね!」


「あっ、う、うんっ……」


 おい、なぜそっちに振る。

 航も困ってるだろ。


 と、そこで車内アナウンスが駅に着くことを知らせてきた。


「じゃあ、辻蔵くん、プレゼントありがと♪」


「ど、どういたしまして……」


 こうしてバスを降り、航は自転車置き場へと向かい、そして結莉おれたちは送迎場へと向うと、そこには正に黒塗りの高級セダンが停まっていた。


「あっ、あれうちの車だよ。結莉ちゃん、さぁ、乗って」


「ヤクザに拉致られるような車だね……」


「くくくっ、今さら気づいたか」


「やっぱ帰るわ」


「逃がすかーっ!」


 そんな三文芝居をしていると助手席の窓が開き、顔を出した女性が言ってきた。


「椿姫、じゃれついてないで早く乗りなさい」


「はーい」


 おそらく椿姫の母親であろう女性にそう優しくたしなめられて、結莉おれたちは後部座席へと滑り込んだ。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 椿姫の家は、娘を毎週東京に通わせてるくらいだからそれなりに金持ちなんだろうなと予想はしていて、地主系の和風な家を想像してたら、普通に、いや普通ではないな、割と大きめなデザイナーズ住宅だった。

 後で聞いた話だけど、父親が開業医なんだそうだ。

 そんな家のガレージの前で結莉おれと椿姫は車を降りて家へと入った。


 とりあえず結莉おれだけゲストルームに通されて一人ぽつんと待っていると、典子が荷物を抱えてやって来た。


「桜庭さん、今夜はよろしくお願いしますね」


「う、うん……」


 もう逃げられないことを覚悟する結莉おれ

 そこに、私服に着替えた椿姫が登場。

 そう言えば典子も私服だし、結莉おれだけ制服だな。


「ノリちゃん、いらっしゃーい♪ あれ? その大きいのってプレゼント?」


 コスプレ衣装が入れられたスーツケースを椿姫が指して聞いた。


「いえ、これはパーティーの余興用のアイテムです」


「え? 何? もしかして何かしてくれるの? うれしーっ!」


 ん? てっきりこのコスプレって椿姫の策略かと思ってたけど、どうやら本当に想定外だったっぽい表情だぞ?

 椿姫ってたまに賢そうな言動をするけど基本は天然なのか?

 まぁ、それはそれでむしろ計算でやってる奴より対応が難しくはあるんだが……。

 とりあえず黒幕認定してすまんかった。


「ええ、私と桜庭さんとで披露しますよ」


「えっ? 結莉ちゃんもっ!?」


「あ、いや、まぁ、あんまし期待しないでよ……」


 むしろ結莉おれがメインなんだけどな。


「大丈夫! 今、私の中でハードル上げまくってるから!」


「逆だぁっ!」


 そこでドアがノックされ、さっき運転手をしてくれていた、この家のお手伝いさんが言った。


「皆さま、準備が整いましたので、パーティールームにどうぞ」


「はーい♪ ノリちゃん、結莉ちゃん、行こっ♪」


「はい」


「はーい……」


 こうして結莉おれは絞首台に連行される囚人のように椿姫と典子の後に続いたのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 パーティー自体は、美味しい料理が盛りだくさんの中での歓談でつつがなく進行し、いよいよ出し物と言うことになり、結莉おれと典子は着替えるため再びゲストルームに戻って来ていた。

 正直、これが無かったらもっと本気で料理を食べまくってたんだけど、お腹がぽっこりしたらまずいのでセーブしてたんだよな。

 何せ結莉おれのコス衣装は全身ピッチリのレオタード風スーツがベースなので、ここに来てファスナー締まりませんとかなったらシャレにならないからな。

 まぁ、やるからには本気で、だ。


 そんなわけで結莉おれは手早く下着姿になり、更にはブラも外し、粘着パッドをデカパイに貼り付けてからスーツを着込む。

 パッドを着けているとは言えノーブラ状態なわけで、ピッチリスーツなこととあいまってちょっとした動作だけでもかなり乳が揺れる。

 むしろそれが原作再現的な狙いではあるんだけど、これ冷静に考えたら高一に着せていい衣装コスじゃないだろ。

 いくら俺でもさすがに羞恥心が……と思いつつ、ふと典子に目を向けると、なんと典子も着ていた服を脱いでいた。


「えっ? 高坂こうさかさんもコスするのっ!?」


「ええ、桜庭さんだけに恥ずかしい思いをさせるわけにはいきませんので」


 あはは……恥ずかしい思いをさせているって認識はあったのね。

 そしてやっぱりさっき「私と桜庭さんとで」って言ったのは、そういうことだったのね。


「ちなみにキャラは?」


「同じゲームの『ミツミ』です」


 あー、生真面目きまじめ委員長タイプの眼鏡っ娘か。確かに典子に合ってるよな。

 て言うか、そのキャラって普通に可愛いメイド服じゃん!

 結莉おれがするアニスに比べたら全然恥ずかしくないコスじゃん! 結莉おれもそっちを着たかったよ!

 いや冷静に考えたらメイド服もかなり恥ずかしいけど、もう俺の感覚も大分おかしくなってきてるからな!


 まぁ、でも、結莉おれ一人でコスプレショーをやらされるよりはマシか……。


「桜庭さんのキャラとは絡みも無いのでも必要無いかと思ったのですが、黙っていたことは失礼しました。正直、直前までやるか迷っていたので」


 うん、結莉おれにも迷う時間を与えて欲しかったなー。


「まぁ、とにかく助かるよ。じゃあ二人でお姫さまを楽しませるとしましょうか!」


 そう自分を奮起させて、結莉おれたちはパーティールームへと突入して行った。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 そこからのことは正直あまり明確には憶えていない。

 もう完全に開き直ってキャラを演じまくり、椿姫がはしたないほどオタク的に大歓喜していたことだけは、おぼろげに憶えている。


 気づいたらゲストルームで半脱ぎ状態で精根尽き果ててて、そこからなんとか典子に手伝ってもらって元の服装に着替えたところで、飛び込んで来た椿姫に抱きつかれて再び崩れ落ちた。


 その後、家まで車で送ってもらう時も後席に同乗していた椿姫が結莉おれにしがみついて「ホント可愛かった!」「最高!」「帰したくない! お持ち帰りしたい!」とか色々と恥ずかしい賛辞を浴びせ続けていたが、結莉おれは半分上の空だった。


 そしてバスタブに浸かってぼーっとしてた時、ようやく離脱していた魂が戻って来たのだった。


「……あっ! あああっ! あああああぁ~~~~~っ!!」


 自分のしでかしたことにバスタブ内で身悶えする結莉おれ

 いや、これはもう一刻も早く記憶から抹消するべき事案かも知れない。

 パーティールームに飛び込んだ瞬間、結莉おれの中でぶつんっと理性の糸が切れ、典子ですら若干引くぐらいノリノリでキャラを演じまくっていた。止まらなかった。

 あの瞬間、結莉おれ自身が完全にキャラになり切っていた。

 正に脳内麻薬の過量摂取オーバードーズだ。


 元33歳おっさんな俺が女子高生になる時点で客観的にはキモいのに、それが更にゲームキャラになり切るとか、もう消えてしまいたいと言う感情すら湧いてくる。

 これが正に『恥ずか死』かっ!


 と、そこでスマホに通知が来た。

 椿姫からのLINEだ。

 嫌な予感がしつつも開くと……。


「アァーーーッ!!」


 そう、それは正に結莉おれがコスプレした姿の写真だった。

 しかもメッセージには「動画も撮ったから明日渡すね」と書かれている。


 くっ! もう、いっそ殺せ!

 恥ずか死さゲージが突破して精神崩壊が始まりそうだよっ!!


 ……いや……でも……客観的に見て、可愛いな結莉おれのコスプレ姿。

 これ航に見せたらどんな顔するだろ……。

 いや、絶対見せないけどなっ!


 とにかく! 結莉おれ自身の可愛さのお陰で、ちょっと冷静になれたぞ。

 そうだよ、こんなに可愛いんだからコスプレもお似合いなんだ。コスプレするのも当たり前なんだ。

 こんなに可愛い姿にしてくれた神様に大感謝だ。

 いや、そもそも女子にすんなよとか乳デカ過ぎるんだよとか身長をもうちょっとくれよとか言いたいことは山ほどあるけんだけどな。


「……しゃーない。久々に一発抜いて寝るか……」


 珍しく結莉おれの口から男言葉が漏れた。

 うん、もう女子高生を演じる気力も残ってないんだ。仕方ない。許してくれ。

 ちなみに『一発抜く』と言う表現が正しくないのもわかってるんだけど、女性の場合はなんて言うんだろ?


 とにかく結莉おれは風呂から上がり、髪を乾かし、そして興奮状態たかぶりのまま自室へと向かったのだった……。

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